2017年10月6日金曜日

書くことについて、

文字を書くことが、最大の喜びだったはずなのに、最近は、PCに向かって、キーボードを打つことばかりで、毎年買う手帳にも、書き込むことはそうはなく、字も、書きなれたものではなく、随分とぎくしゃくしたものになってしまい、それがもどかしく思っています。
一時期は、本をむさぼるように読んでいて、毎日を過ごしていましたが、最近は、本にはあまり触れずに、もっぱら、アメリカ製のドラマばかりを観て過ごしています。
始まりは何だったか? そう、「ウォーキングデッド」でした。このドラマには、驚きました。まさか、人間として生き残った者たちのサバイバルのドラマとは思わなかったので、ドラマ性も希薄だろうと思っていましたが、そんなことはなく、死ぬか生きるかの問いを絶えず迫られる登場人物たちに、目が離せなくなりました。
でも、最近のジーズン7になると、ちょっと首を傾げざるを得なくなり、気持ちが離れてしまいそうな自分が、寂しくもあります。
「ウォーキングデッド」で味をしめたボクは、次々にアメリカ製ドラマを観て行きました。「LOST」「パーソンオブインタレスト」「「ハウスオブカード」「ブレイキングバッド」などです。
どれを観ても驚きの連続で、幸福な時間を過ごしました。
特に、「ブレイキングバッド」には、映画以上の興奮を味わいました。
これはきっと、これからも何度も観ることになるのでしょう。
「ブレイキングバッド」の姉妹編のようなドラマも観ました。「ベターコールソウル」というドラマです。これもそれほど期待せずに観て行ったのですが、主人公のキャラクターに惹かれてしまい、3シリーズを一気に観てしまいました。

一方で、「やすらぎの郷」も毎回観てきました。
ドラマのタイプは違いますが、20代の頃のようなドラマ漬けの毎日です。
二時間前後にくくられた映画作品に、少し嫌気がさしてきたのです。
終わりのないドラマに惹かれていく自分を感じます。
結末がはっきりとしているものに、つまらなさを感じているのです。
果てしなく続くドラマが観たいと思います。
実人生のように。

「24」は、8シーズンまであります。
そのすべてを観ても、まだ、結末がありません。
しかし、毎回見せることに徹していて、厭きることはありません。いや、厭きてもいいのです。厭きても、まだまだ続いて行く。主人公や、レギュラーの俳優さんたちが、次第に年老いて行くのが、観ていて、心地いいのです。
いつかBSでやっていた、「フーテンの寅」を毎週、連続して、観ているようなものです。
遡れば、「北の国から」もそうでした。純や蛍、五郎さんに、草太兄ちゃん。彼らの成長を見続けているようなものです。
今は、そんなドラマに惹かれています。
二時間では収まりきれないドラマに惹かれるのです。

こんな考えを抱くのは、ボクだけではないのでしょう。
様々な監督がいます。
そして、様々な映画があります。
毎回、ストーリーは違います。
それでも、監督、ひとりひとりが生き続けている限り、映画は、その時の監督の思いが潜んでいるはずです。
連続ドラマは作れないものの、ひとりの監督の作品を追っていけば、単発の映画にも、ある連続性が現れるはずです。それをもう少し、ドラマに近づけられないかと、最近は思っています。
結末のないドラマ。結末のない映画。
エンドロールが始まっても、物語は続いて行く。
そんな作りのドラマ、映画があれば、シナリオの構成、人物キャラクターの設定に、深みが出て来るように思えるのです。

まだまだ見えてはきていませんが、今のボクは、終わりのないドラマを書きたくてたまりません。
それがいつ、出来るのかわかませんが、そんな映画やドラマに、思いを馳せる次第です、



(この文章は、2017年のいつ頃だったか、秋が深くなったころに書いたものです。もう少し書き足そうと考えていましたが、そのまま掲載することにしました。)



2017年の事、そして、18年に向けて、

一昨年に撮影、完成した「海辺のリア」の公開が、6月となり、(これは、完成する前から決まっていたのですが)それまでは、新作のことも考えずに、ただ漫然と公開を待つ日々を送っていました。 映画が完成してしまい、初号試写が終わってしまうと、奇妙な空気が漂い始めます。 何かを始めように...