2019年11月1日金曜日

返信待ち

同じクリニックに通っていて、数か月前に転院した人がいる。
職場が定年となり、別の職場に移り、近くのクリニックに行くことにしたからだ。
今のクリニックは、通うのに一苦労する。
「いいクリニックを見つけられて、良かったですよ」
と、メッセージが届いていた。
詳細はわからないが、それは良かったなと思った。

彼が転院して、二か月ほど経ったころか、「会いませんか」と、連絡が来た。
ボクは二つ返事で、会う約束をして、日程を、そして、場所を決めた。
そこは水道橋のもつ焼き屋で、たまにボクが行くところで、当日は、彼の方が先に来ていて、ボクが来るのを待ってから、飲み物を注文した。
きちんとした人なのだ。
先に呑んでたりはしない。

二時間ほど、新しいクリニックのことや、映画のことなどを話して、お互い程よく酔っ払ったところで、別れた。
彼は、水道橋駅の西口改札を抜けて、消えて行った。
家は、国立の方なのに、一旦東京駅まで行き、坐っていくのだと言っていた。
足の指を何本か切断していて、立っているのが苦痛だからだ。

およそ、一時間半はかかる家までの道のりを頭に浮かべて、もし次に会うことがあれば、新宿か、東京駅にしようと考えていた。

それから半年後、今度は、ボクからご機嫌伺いの連絡をした。
しばらくたって、返信が来た。
「久しぶりにやりましょうかね」
と、人懐こいメッセージだった。

ボクは東京駅の中にある店を予約した。
帰りが少しでも負担にならないよう考えた。
この時は、ボクが先に到着した。
初めての店なので、様子をみたかったこともあるし、彼のことだから、待ち合わせの時間より、少し早めに来てるんじゃないかと思ったからだ。
今度は、待たせるわけにはいかない。

店について、5分ほどしたとき、メッセージが来た。
今、東京駅にいるとのことだ。
ボクは、既に店にいると返信した。
彼は、八重洲ブックセンターの袋を手に現れた。
時間つぶしに、本屋に寄っていたことが想像された。
やはり、約束の時間より早く、店の近くに来ていたのだ。

この日も二時間ほど呑んで、食べて、別れた。
別れ際に、手土産を渡れた。
高級タバコだった。
「また、近々、会いましょう。今度は、クリニックのスタッフにも声を掛けてください」
そう言って、彼は去って行った。

昨日、クリニックに行ったとき、あるスタッフの人に、彼の話をして、今度、三人で呑もうと話した。
早速、スタッフの人は、空いてる日を何日か出してくれた。
ボクは、透析を受けながら、片手でスマホを操作して、彼に、日程についてのメッセージを送った。
しかし、ベッドにいる間、返信はなかった。

着替えて、クリニックを出ようとした時、受付の人に呼び止められた。
「Nさんが、亡くなったそうです」
の受付の女性は、涙目で言った。
ボクは、耳を疑った。
なぜ、転院したクリニックに、そんな連絡が入るのか?
「警察からの電話でした」
受付の人のその言葉に、なんとなく、納得した。
自宅で亡くなっているのを警察が発見したのだ。
それで、目についた電話番号に電話した。
クリニックがどういう対応をしたのかはわからないが、奥さんを亡くし、子供たちは、みんな独立し、ローンの払い終わった家に、一人暮らししていることは、知っていた。
出社しないNさんを心配して、会社の誰かが、警察に通報したのだろう。

家に着いても、まだ信じられない気持ちだった。
人の死が、突然やって来ることは、知っている。
何度も経験しているはずの、訃報。
それがまたやってきたのだ。
ボクにとって、Nさんは、唯一の同じ病気を持つ仲間だった。
また、この先、かけがえのない友人になるはずの人だった。
その人が、一瞬で、消えてしまった。

ひょっとして冗談じゃないのかと思った。
あの人なら、やりかねないぞ。
そんな気がした。それで、スマホを手にし、メッセージを見たが、返信はなかった。
一夜、明けた今日もまだ返信はない。









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