昨日は、人に会った。
こちらに来て何日か後に、Iさんと会って以来のこと。
最初は、蕎麦屋だった。
引っ越し祝いと言うことらしい。Tさんの取り計らいだった。
メンバーは、ボクを含めて四人。
美味しい蕎麦を食べて、ビール。
それから、Kくんたちと、別の店に行き、ギネスのハーフ。
少し飲みすぎたかなとは思ったが、話が盛り上がったので、まあ良しとした。
ボクは特別、アルコールは禁じられていないので、家でも、ほぼ毎日飲んでるが、たいした量じゃない。
以前と比べたら、呑んでないに等しいぐらいだ。
呑めないわけじゃないけど、水分が気になるのと、酔うことを忘れてしまったようなので、少量だけ。
呑んでの失敗も、沢山してきたので、ほどほどの方がいいのだ。
こんなことは、30台ぐらいで、身に染みて、正すのが当たり前なのだが、ボクの場合は、還暦を過ぎて、やっとだ。
バカは死ななきゃ治らないと言うが、いつまた深酒になって、似たような失敗を繰り返すかわからない。
バカは、死んでも治らないのかも。
Mさんの店が去年閉店した。
もともとそう多くは行ってないのだが、無くなってしまうと、淋しい。
ほぼ同時に、Mさんのブログも、お休みに入った。
たまに見ていたので、それも淋しい。
Mさんは、今年に入って、どこかで、新しい店を始めたそうで、今年の初めぐらいに、案内が来た。
凄く小さな店らしく、会員制のようなもので、事前予約が必要らしい。
一度、行ってみたいと思うのだが、未だに行けてない。
Mさんとは、ライター時代に知り合った。
知り合ったと言っても、制作会社で顔を合わせただけで、その後は、連絡を取り合ったりもしていなかったので、知り合いと言うほどのことでもなかったのだろう。
Mさんの店が、乃木坂に移ってから、案内が届いたこともあり、何度か通うようになった。
昔の歌の仲間を集めて、ライブを行ったこともある。
店が乃木坂だったので、テレビ局の人たちと良く顔を合わせた。
ボクは、テレビから、映画の世界に行ったので、昔の知り合いと会うと、何だか、後ろめたい気持ちになる。
それほど、たいした仕事はしてないし、ボクを必要としてくれた人もいなかったので、自分一人で、「テレビを捨てた」と思っているだけなのだが、後ろめたいことに変わりはない。
久し振りにあった人に、嫌味を言われて、その時は、笑って答えたが、良い気持ちはしない。
以来、その店にも足が遠のくようになっていった。
Mさんの店が閉店し、何か月かした後、また店を開いたようで、大阪のボクの住居に案内が来た。
今度は、予約制で、客席は、5つとか6つしかないと言う。
知り合い以外はお断りとも書かれていた。
それでやっていけるかどうかはともかく、随分と思い切ったことをしたなと思った。
Mさんはボクより、何歳か年上だったから、そうは、思い切ったことも出来なかったに違いない。それであっても、知り合い以外の客を拒むなんて、ちょっと驚きだ。
会員制のバーみたいなもんだろうが、初めからあてることを考えないで、店を始めると言うのは、昨今の流行りのようにもなっているし、ひょっとして、予約が絶えないのかもしれない。
映画作りも同様なところがある。
大手メジャー会社が、マンガの原作などのベストセラーを映画化して、何十億もの金を稼ぐ。その一方で、若い人たちが、持っているわずかな金で、映画を作り、公開する。
彼らは、興行で、稼ごうなんてこれっぽっちも考えていないのかも知れない。
沢山の人に観て欲しいとは言いながら、大体結果は、宣伝費が回収できればいい方で、それ以上にはいかないようだ。
とは言え、好きな映画を好きなように作れるようにはなった。
海外の映画祭にも出品しているようで、目的は果たせたのかもしれない。
そうして、何年かして、また、映画を作る。
生業として考えていないから出来ることなのだが、映画作りを生業として考え、いままでどうにかやってきたボクには、何か、物足りないと言うか、腑に落ちないところもある。一方で、羨ましさも感じる。
いや、羨ましさの方が勝っている。
映画の評論家がどんなに褒めても、受け付けない映画と言うものがある。
ボクの映画も、そのクチだが、そもそも、評論家と名乗る人たちの映画を見る目自体が、妖しいので、あまり気にはしていない。
いつか、評価されるだろうぐらいにしか思わないことにしている。
そういう点から言うと、ボクも、今の若い人たちと同じで、食べて行くと言う事さえ考えなければ、自分の好きな映画を好きなように作ることが出来るし、ある面で、そうしてきたのかもしれない。
来年の計画を練っていて、ひとつも空欄が埋まらないのに、少し、焦った。
焦ってはみたが、どうにもならないので、しばらくは、何か思いつくまで、待つことにした。
待って、どうにかなるものでもないのだが、いつものように、衝動に突き動かされるのを期待するしかない。
Mさんの店は、飲み放題で、5000円ぽっきりだと言う。
往復タクシーを使ったとして、1万円。
では、一万円札を握りしめて、衝動のきっかけでも作りに、一度、訪ねてみようか?
ああ、その前に、予約をしなくちゃならないんだった。
2014年6月28日土曜日
2014年6月27日金曜日
06/27
これと言って、何の変哲もない毎日を送っています。
変哲もないと言うのは、変哲もないと言うことで、ありふれていてつまらないと言うことなんだけど、では、毎日がありふれていてつまらないのかと言うと、なんだかんだで、バタバタしていて、つまらないことはつまらないのだけれども、知らないうちに一日が終わっていて、退屈と言うことでもないようです。
こちらに来てから、読書にも映画にもほとんど興味がわかず、見てもいないし読んでもいないのだけれども、テレビで何本かは観たりしているし、書棚の本を取り出して、拾い読みなんかはしている。
逃れられないと言うのか、まったく何にもなしの生活と言うのは、ボクの場合は、無理なようです。
昨日は、夕方から「映画でも観ようか」と言うことになり、あれこれ探したんだけど、これと言うのが見つからないで、ずるずると時間ばかり経ってしまい、側で奥さんが、『ノーバディーズフール』と言うもんだから、しばし考えた挙句、ちょっと今更の感じがしたけれども、『ノーバディーズフール』を見ることにした。
観始めてから、ほんの何分かで、奥さんはいなくなってしまい、結局ボクひとりで観ることになった。
途中でやめることもできないことはなかったけれども、長い間、見てなかった映画なので、話の筋も忘れていて、それもあって観ていた。
この映画が大好きだった時期は、随分と長い。
30代から40代の10年ぐらいの間、頭の中に、この映画がなかったことがないぐらい。
あんな映画が作りたいと思ったが、あんな映画、作れるわけがないと思った。ボクには、『タイタニック』や『ターミネーター』を作るぐらいか、それ以上に困難なことだし、真似てみても、及ばないのは、最初からわかり切っていたようだ。
それでも、映画を作るようになって、ふと思い立って、似せたシーンを作ってみたりもした。うまくいかないのはわかっていたんだけど、やらないわけにはいかなかった。ボクの原点だからだろう。
ベントンには、『クレーマークレーマー』と言うヒット作があるが、あれも大好きだが、それよりも、『プレイスインザハート』が好きだし、『ノーバディーズフール』が好きだ。去年だったか、ロッテルダム映画祭に行ったとき、ハワードショアが来ると言うのを知って、『ノーバディーズ~』のサントラCDをもって、サインをしてもらったけれども、あの映画の音楽は、本当に素晴らしい。その素晴らしさは、『マグノリアの花たち』の音楽に匹敵する。共に、どこかトリュフォーを思わせるからだろうが…。
トリュフォーと言えば、ベントンがトリュフォーの影響下にあるのは、わかりきったことだが、今回観ていて、セーターをたくし上げて、おっぱいを見せるメラニーグリフィスなんかは、トリュフォー映画そのもので、ベントンが、照れながら演出をしているのがわかって微笑ましい。
映画はあたかも年老いたドワネルがそこにいるかのように、静かに、端正さを保ち、かつ個人的に展開していき、幸せな寝顔で終わる。
その寝顔を観た時、『春との旅』のラストの仲代さんの寝顔を思い出したのは、ボクだけのはずだ。こんなところにも、この映画の影響があったのかと、ちょっと慌てるほどだった。
仲代さんで、もう一本と思っていたところだったので、この偶然には、今でも、何かの巡り会わせのように感じている。
「そうか、忠男は、死んだわけではないんだな。あそこで、眠ってしまっただけなんだな!」
と思った次の瞬間、『ノーバディーズ~』の主人公は、玄関前のソファーで、葉巻をくわえたまま、眠ってしまったのではなくて、そのまま、死んでしまったのかも知れないとも思い、いずれにしても、幸せな死であり、人生だったのだなと感じないではいられない。
少し少しだけれども、前に向って歩いているようにも感じるし、停滞したままとも感じる。
『日本の悲劇』があまりに思いつめた映画だったので、今度は…と言う気持ちもあるが、今度なんて、本当にあるのかと他人事のようにも思う。
遠く、北海道の雪景色を思っていたら、苫小牧の新聞から、勇払と北上荘のことについての、コメントを求められた。
そちらの方の言葉を考えていたら、知らないうちに、時間がどんどん経っていた。忘れかけていた人たちの顔が次々に浮かんでは消えて行った。
『フリック』や『愛の予感』を作った頃の事を思いだしながら、この文章を書いているのだが、勇払だけに限らず、鳴子温泉にも雪はあるし、ボクのノーバティーズフール(一徹者・頑固者の意らしい)は、まずは、馴染みの風景を思い描きながら、馴染みの登場人物を配して、机の上で、展開されていくのだろう。
変哲もないと言うのは、変哲もないと言うことで、ありふれていてつまらないと言うことなんだけど、では、毎日がありふれていてつまらないのかと言うと、なんだかんだで、バタバタしていて、つまらないことはつまらないのだけれども、知らないうちに一日が終わっていて、退屈と言うことでもないようです。
こちらに来てから、読書にも映画にもほとんど興味がわかず、見てもいないし読んでもいないのだけれども、テレビで何本かは観たりしているし、書棚の本を取り出して、拾い読みなんかはしている。
逃れられないと言うのか、まったく何にもなしの生活と言うのは、ボクの場合は、無理なようです。
昨日は、夕方から「映画でも観ようか」と言うことになり、あれこれ探したんだけど、これと言うのが見つからないで、ずるずると時間ばかり経ってしまい、側で奥さんが、『ノーバディーズフール』と言うもんだから、しばし考えた挙句、ちょっと今更の感じがしたけれども、『ノーバディーズフール』を見ることにした。
観始めてから、ほんの何分かで、奥さんはいなくなってしまい、結局ボクひとりで観ることになった。
途中でやめることもできないことはなかったけれども、長い間、見てなかった映画なので、話の筋も忘れていて、それもあって観ていた。
この映画が大好きだった時期は、随分と長い。
30代から40代の10年ぐらいの間、頭の中に、この映画がなかったことがないぐらい。
あんな映画が作りたいと思ったが、あんな映画、作れるわけがないと思った。ボクには、『タイタニック』や『ターミネーター』を作るぐらいか、それ以上に困難なことだし、真似てみても、及ばないのは、最初からわかり切っていたようだ。
それでも、映画を作るようになって、ふと思い立って、似せたシーンを作ってみたりもした。うまくいかないのはわかっていたんだけど、やらないわけにはいかなかった。ボクの原点だからだろう。
ベントンには、『クレーマークレーマー』と言うヒット作があるが、あれも大好きだが、それよりも、『プレイスインザハート』が好きだし、『ノーバディーズフール』が好きだ。去年だったか、ロッテルダム映画祭に行ったとき、ハワードショアが来ると言うのを知って、『ノーバディーズ~』のサントラCDをもって、サインをしてもらったけれども、あの映画の音楽は、本当に素晴らしい。その素晴らしさは、『マグノリアの花たち』の音楽に匹敵する。共に、どこかトリュフォーを思わせるからだろうが…。
トリュフォーと言えば、ベントンがトリュフォーの影響下にあるのは、わかりきったことだが、今回観ていて、セーターをたくし上げて、おっぱいを見せるメラニーグリフィスなんかは、トリュフォー映画そのもので、ベントンが、照れながら演出をしているのがわかって微笑ましい。
映画はあたかも年老いたドワネルがそこにいるかのように、静かに、端正さを保ち、かつ個人的に展開していき、幸せな寝顔で終わる。
その寝顔を観た時、『春との旅』のラストの仲代さんの寝顔を思い出したのは、ボクだけのはずだ。こんなところにも、この映画の影響があったのかと、ちょっと慌てるほどだった。
仲代さんで、もう一本と思っていたところだったので、この偶然には、今でも、何かの巡り会わせのように感じている。
「そうか、忠男は、死んだわけではないんだな。あそこで、眠ってしまっただけなんだな!」
と思った次の瞬間、『ノーバディーズ~』の主人公は、玄関前のソファーで、葉巻をくわえたまま、眠ってしまったのではなくて、そのまま、死んでしまったのかも知れないとも思い、いずれにしても、幸せな死であり、人生だったのだなと感じないではいられない。
少し少しだけれども、前に向って歩いているようにも感じるし、停滞したままとも感じる。
『日本の悲劇』があまりに思いつめた映画だったので、今度は…と言う気持ちもあるが、今度なんて、本当にあるのかと他人事のようにも思う。
遠く、北海道の雪景色を思っていたら、苫小牧の新聞から、勇払と北上荘のことについての、コメントを求められた。
そちらの方の言葉を考えていたら、知らないうちに、時間がどんどん経っていた。忘れかけていた人たちの顔が次々に浮かんでは消えて行った。
『フリック』や『愛の予感』を作った頃の事を思いだしながら、この文章を書いているのだが、勇払だけに限らず、鳴子温泉にも雪はあるし、ボクのノーバティーズフール(一徹者・頑固者の意らしい)は、まずは、馴染みの風景を思い描きながら、馴染みの登場人物を配して、机の上で、展開されていくのだろう。
2014年5月28日水曜日
5/26
ときどき、「ガープの世界」の事を思いだす。
この映画と比較したら、大ヒットした「フォレストガンプ」なんて、二番煎じにしか思えない。
「人生は素晴らしい!」
そう叫ぶ、ガープは、どんなに辛い時でも、笑顔を絶やさない。
ロビンウィリアムズの名演も光るが、慈愛に生きた母親役のグレンクロースも格別だ。
名前は判らないが、おかまののっぽで太った男もいい。
何もかもが、いい。
ジョージロイヒル監督には、他にも名作が何本かあるが、彼の感受性は、この映画でも、いかんなく発揮している。
思えば、トリュフォーから始まった、映画への憧憬は、監督の感受性への共感から始まった。
「プレイスインザハート」や「ノーバディーズフール」などのロバートベントン監督作や、ジョージロイヒル監督の諸作品を観て、それは、確たるものになっていった。
映画を作るようになって、いかに映画で感受性を表現することが難しいかを思い知るようになった。
シャイでは映画は作れない。
確かに、そうなんだろう。
ならば、ジャンルノワールはどうなんだろう?
俳優に質問攻めを食らい、泣き出したと言う。
あれは一体、何なのだろう?
もう30年も前に読んだ、そんなエピソードが、未だに疑問のまま、ボクの中にある。
映画が、沢山の人を介して、作られると言うのは事実だ。
その沢山の人を懐柔していかなければならない監督が、内にこもっていて、感受性うんぬんを言っていたら、映画は、進まない。
しかし、だからと言って、創作の一番の原点である自らの感受性を踏みにじってまで、映画を作れるのだろうか?
いや、作っていいものだろうか?
毎回悩むところだが、気が付くと、感受性のかの字も振り返らずに、制作に突き進んでいる。
ちょっとやそっとの事では、自分の感受性を見失いやしない。
そう自分に言いきかせてみることはみるのだが、後のまつりだ。
出来上がったものに、その片鱗さえないことに気付く。
そして、いつしか、感受性さえも、それほど大事なことではないんだと思うようになる。
そんなナイーブでどうするんだ。
鈍感でいいんだ。
映画に感受性なんて、必要ないんだ。
刺激的でありさえすれば、いい。
極端から極端に突っ走る。
初心を忘れているのに、自分でも気づかない。
それがボクだ。
そんなボクに、嫌気がさしてきていた。
そんな時に、思い出すのが、「ガープの世界」だった。
ジョージロイヒルは、2002年に亡くなった。
80歳。
「リトルドラマーガール」(84)を発表後、パーキンソン病を発病し、以後、映画制作から離れたようだ。
84年から、亡くなるまでの18年間。
映画制作から離れたジョージロイヒル監督が何を思い生きたのか?
溢れる感受性とともに、人生を全うしたに違いない。
そう思いたい。
今日は、引っ越しの段ボールづめが待っている。
でも、それがひと段落ついたら、ワインを一杯やりながら、久し振りに、「ガープの世界」を見ることにしよう!
この映画と比較したら、大ヒットした「フォレストガンプ」なんて、二番煎じにしか思えない。
「人生は素晴らしい!」
そう叫ぶ、ガープは、どんなに辛い時でも、笑顔を絶やさない。
ロビンウィリアムズの名演も光るが、慈愛に生きた母親役のグレンクロースも格別だ。
名前は判らないが、おかまののっぽで太った男もいい。
何もかもが、いい。
ジョージロイヒル監督には、他にも名作が何本かあるが、彼の感受性は、この映画でも、いかんなく発揮している。
思えば、トリュフォーから始まった、映画への憧憬は、監督の感受性への共感から始まった。
「プレイスインザハート」や「ノーバディーズフール」などのロバートベントン監督作や、ジョージロイヒル監督の諸作品を観て、それは、確たるものになっていった。
映画を作るようになって、いかに映画で感受性を表現することが難しいかを思い知るようになった。
シャイでは映画は作れない。
確かに、そうなんだろう。
ならば、ジャンルノワールはどうなんだろう?
俳優に質問攻めを食らい、泣き出したと言う。
あれは一体、何なのだろう?
もう30年も前に読んだ、そんなエピソードが、未だに疑問のまま、ボクの中にある。
映画が、沢山の人を介して、作られると言うのは事実だ。
その沢山の人を懐柔していかなければならない監督が、内にこもっていて、感受性うんぬんを言っていたら、映画は、進まない。
しかし、だからと言って、創作の一番の原点である自らの感受性を踏みにじってまで、映画を作れるのだろうか?
いや、作っていいものだろうか?
毎回悩むところだが、気が付くと、感受性のかの字も振り返らずに、制作に突き進んでいる。
ちょっとやそっとの事では、自分の感受性を見失いやしない。
そう自分に言いきかせてみることはみるのだが、後のまつりだ。
出来上がったものに、その片鱗さえないことに気付く。
そして、いつしか、感受性さえも、それほど大事なことではないんだと思うようになる。
そんなナイーブでどうするんだ。
鈍感でいいんだ。
映画に感受性なんて、必要ないんだ。
刺激的でありさえすれば、いい。
極端から極端に突っ走る。
初心を忘れているのに、自分でも気づかない。
それがボクだ。
そんなボクに、嫌気がさしてきていた。
そんな時に、思い出すのが、「ガープの世界」だった。
ジョージロイヒルは、2002年に亡くなった。
80歳。
「リトルドラマーガール」(84)を発表後、パーキンソン病を発病し、以後、映画制作から離れたようだ。
84年から、亡くなるまでの18年間。
映画制作から離れたジョージロイヒル監督が何を思い生きたのか?
溢れる感受性とともに、人生を全うしたに違いない。
そう思いたい。
今日は、引っ越しの段ボールづめが待っている。
でも、それがひと段落ついたら、ワインを一杯やりながら、久し振りに、「ガープの世界」を見ることにしよう!
2014年5月25日日曜日
05/24
パソコンが、唸り声をあげている。
このパソコン、買った時からそうなのだが、いい加減、嫌になる。
窓から放り出したくなるのを、堪えて、何本か脚本を書いてきたが、途中で、ノートの方にするのが常。
思えば、それほどこのパソコンで、脚本を書ききったことはなかったようだ。
ソニーが、売却した何台目かのVAIOなのだけれど、そろそろ、本当に、MACに乗り換えようかと思う。
思うには思うのだけれど、VAIOで通してきた意地もないことはない。
全てが、そうだ。
何かに乗り換えようとしても、なかなか踏ん切りがつかない。
気がつくと、同じものを、何年、何十年と使っている。
映画の好みも同じで、いい加減、しんねりむっつりしたのはやめようと思うのだが、書きだすと、気が付くと、自虐的な脚本しか上がらない。
それならいっそ誰かに書いてもらおうかとも思うが、そして、実際、書いてもらったこともあるのだが、言葉のひとつひとつが気に入らない。
「シナリオは、好きになるまで読み込むこと!」
は、あるプロデューサーの言葉だが、そんなことは、ボクの場合は出来そうもない。自作の脚本でも、何度かしか読まない。
読めば、直したくなるからだ。
次作であっても、その調子なのだから、他人が書いたものなんか、全部、書き直したくなってしまう。
難しい奴なのだ、ボクって奴は。
久し振りに、ブログを更新しようと思い、また、思いつくままに書きだしたのだが、何を書いているのか、自分でも判らない。
そう。
今日は、『日本の悲劇』のツイッターアカウントを廃止する旨を、ツイートしたんだった。
丸一年、続けた。
配給会社がやってくれなかったので、ボクが始めたのだが、これがなかなかやっかいな代物で、何度もやめてしまうと思ったことか。
でも、やめるわけにはいかなかった。
それに、あたたかいツイートをしてくれる人たちもいた。
それで随分と、励まされたこともあった。
廃止するに至り、今日一日、色んな考えが、巡った。
あの映画を作って、良かったことは、今のボクが、ここにまだ在ると言うことだ。
生きてるのだ! ボクは!
そして、また、何かやろうとしている。
いや、そんな気になっていると言う事が、ほとんど奇跡のように思えるのだ。
「死ぬ思い」なんて、簡単に書いてしまうが、まさに、死ぬ思いで、書いた脚本だった。
映画にするには、暗すぎた。
当り前だ。遺書のつもりでかいたのだから。
なのに、あれよあれよと言う間に、映画になってしまった。
遺書ではなくなった『日本の悲劇』は、公開され、思いのほか沢山の人に観てもらった。
でも、そのことで、ボクの、『日本の悲劇』は、ひとり占めできなくなってしまった。
遺書が遺書でなくなったしまった。
今後、ボクは、遺書は書かない。
遺す言葉は、要らない。
そんな結論に至った。
これは、ボクにとっては大きな成果だ。
遺書のことを考えなくて良くなったのだ。
いつでも、ボクは、野垂れ死にすることが出来る。
そうなると、ひきこもって、いじけてるボクと言う人間が、少し、愛しくなってきた。
そうだ! 生き抜こう!
そう思うようになったのだ。
それは、『日本の悲劇』で死んでいった父親とは真逆の選択肢だ。
生き抜く?
ちょっと、大袈裟かなあとも思う。
ま、なんかしましょう程度の事なんだけど。
だから、ま、なんかしましょうの始まりで、久し振りに、このブログを書いてみた訳です。
みなさんも、ま、なんかしましょう!
このパソコン、買った時からそうなのだが、いい加減、嫌になる。
窓から放り出したくなるのを、堪えて、何本か脚本を書いてきたが、途中で、ノートの方にするのが常。
思えば、それほどこのパソコンで、脚本を書ききったことはなかったようだ。
ソニーが、売却した何台目かのVAIOなのだけれど、そろそろ、本当に、MACに乗り換えようかと思う。
思うには思うのだけれど、VAIOで通してきた意地もないことはない。
全てが、そうだ。
何かに乗り換えようとしても、なかなか踏ん切りがつかない。
気がつくと、同じものを、何年、何十年と使っている。
映画の好みも同じで、いい加減、しんねりむっつりしたのはやめようと思うのだが、書きだすと、気が付くと、自虐的な脚本しか上がらない。
それならいっそ誰かに書いてもらおうかとも思うが、そして、実際、書いてもらったこともあるのだが、言葉のひとつひとつが気に入らない。
「シナリオは、好きになるまで読み込むこと!」
は、あるプロデューサーの言葉だが、そんなことは、ボクの場合は出来そうもない。自作の脚本でも、何度かしか読まない。
読めば、直したくなるからだ。
次作であっても、その調子なのだから、他人が書いたものなんか、全部、書き直したくなってしまう。
難しい奴なのだ、ボクって奴は。
久し振りに、ブログを更新しようと思い、また、思いつくままに書きだしたのだが、何を書いているのか、自分でも判らない。
そう。
今日は、『日本の悲劇』のツイッターアカウントを廃止する旨を、ツイートしたんだった。
丸一年、続けた。
配給会社がやってくれなかったので、ボクが始めたのだが、これがなかなかやっかいな代物で、何度もやめてしまうと思ったことか。
でも、やめるわけにはいかなかった。
それに、あたたかいツイートをしてくれる人たちもいた。
それで随分と、励まされたこともあった。
廃止するに至り、今日一日、色んな考えが、巡った。
あの映画を作って、良かったことは、今のボクが、ここにまだ在ると言うことだ。
生きてるのだ! ボクは!
そして、また、何かやろうとしている。
いや、そんな気になっていると言う事が、ほとんど奇跡のように思えるのだ。
「死ぬ思い」なんて、簡単に書いてしまうが、まさに、死ぬ思いで、書いた脚本だった。
映画にするには、暗すぎた。
当り前だ。遺書のつもりでかいたのだから。
なのに、あれよあれよと言う間に、映画になってしまった。
遺書ではなくなった『日本の悲劇』は、公開され、思いのほか沢山の人に観てもらった。
でも、そのことで、ボクの、『日本の悲劇』は、ひとり占めできなくなってしまった。
遺書が遺書でなくなったしまった。
今後、ボクは、遺書は書かない。
遺す言葉は、要らない。
そんな結論に至った。
これは、ボクにとっては大きな成果だ。
遺書のことを考えなくて良くなったのだ。
いつでも、ボクは、野垂れ死にすることが出来る。
そうなると、ひきこもって、いじけてるボクと言う人間が、少し、愛しくなってきた。
そうだ! 生き抜こう!
そう思うようになったのだ。
それは、『日本の悲劇』で死んでいった父親とは真逆の選択肢だ。
生き抜く?
ちょっと、大袈裟かなあとも思う。
ま、なんかしましょう程度の事なんだけど。
だから、ま、なんかしましょうの始まりで、久し振りに、このブログを書いてみた訳です。
みなさんも、ま、なんかしましょう!
2014年1月1日水曜日
2014/1/1
あけましておめでとうございます。
昨年は、全州映画祭製作の『逢う時は他人』の制作から始まり『日本の悲劇』の公開と、抱えていた仕事を何とか、こなした一年でした。まだまだ『日本の悲劇』の上映は続きます。また今年も、映画を作り続けます。
どうぞよろしくお願いします。
みなさんにとって、2014年が良い年であります様に、
2014/1/1
小林 政広拝、
昨年は、全州映画祭製作の『逢う時は他人』の制作から始まり『日本の悲劇』の公開と、抱えていた仕事を何とか、こなした一年でした。まだまだ『日本の悲劇』の上映は続きます。また今年も、映画を作り続けます。
どうぞよろしくお願いします。
みなさんにとって、2014年が良い年であります様に、
2014/1/1
小林 政広拝、
2013年12月23日月曜日
12/23
今晩一晩寝て、明日(と言うより、今日23日)は、息子のサッカーの試合が朝からあり、奥さんも、スタッフで同行するらしく、夕方までは、ひとりで過ごせるようなので、借りていたDVDを残り全部観ることが出来そう。
ここのところ、毎日二本から三本の映画を観て過ごしている。
朝起きて、ご飯を食べてから、大体、日が暮れるまで、ずっと。
見入る映画もあれば、疲れと、薬の影響でか、目を開けてるのがやっとの時もある。これで何か身についているのかと言うと、あまり身にはつかないようだが、それでいいと思っている。
こういう観方をするのは、本当に久し振りのことで、20代の前半以来かも知れない。
あれこれ理屈が出て来てしまい、観る映画も、厳格に枠を決めて観ていたのだが、今は、比較的、制限の幅は、広い。
あえて、聞いたこともなかった映画を観たりもしてる。そして、そのなかに、掘り出し物も何本か見つかり、こっそりと、見直してみたいと思うものもある。
邦画は、極端に少ない。
観てみたいものも、何本かはあるのだが、では!となるとなかなか食指が伸びない。
ヨーロッパの映画が比較的多いか?アメリカのインディーズ系も、ハリウッドものも、万遍なくだ。
中国と韓国は、ある特定の監督作だけしか、いまのところ観てないが、インドも含めての、アジアの映画にも、食指が伸びてきている。
でも、そんな映画三昧の日々も、一応23日で終了しようと思う。
24日のイブからは、ボクは自宅にはいないからだ。
勿論、帰って来るだろうが、帰れないことだって、一応、考えておかなくちゃならない。
そうなったらそうなったで、困るのだが、今は、それでもいいように、一応の整理をしておきたい。整理と言っても、心の整理ぐらいしか出来ないのだが。
今日観る映画は、楽しみに残してあった三本。
どれから観るか、順番も一応決めている。
時間があったら、『つぐない』をもう一度、観たいが、そうなると、一日、四本になってしまい、ちょっときつい。
戻ってくることが出来たら、真っ先にみるようにしようと思う。
今年は、一月に、『逢う時は他人』と言う映画を作り、その後、旅ばかりしていた。
ヂョンジュ映画祭でのプレミアが終わると、『日本の悲劇』の公開準備が始まり、秋まで続いた。
映画の公開は、まだ行っているが、後は、東京での、2番館での上映があるだけだ。
仕事の整理は、着けたと思ってる。
新たな企画や、脚本は、来年まで、考えないでいようと思っているので、腑抜けのように、映画を観ては、また観ての繰り返しで、他には何もしていない。
もちろん将来への不安だらけだが、精神病になるほどでもない。
毎日何種類もの薬を飲んでいて、寝る前には、てんかんの薬も飲んでいる。
このてんかんの薬と言うのが、凄く、眠くなる薬で、抗鬱剤にも使われているらしいので、その薬の性で、堕ち込まずに済んでいるのかも知れない。
ボクは、随分前から、夜中に足が攣るようになって、一時期は、痛くて、眠ることも出来なかったのだが、このてんかんの薬を処方されてからは、良く眠れるようになった。
かゆみにも悩まされたが、活性炭を飲んでからは、そのかゆみも、以前ほどにはひどくはなっていない。もちろん、塗り薬は欠かせないし、かゆみが全くなくなったわけではなくて、毎日、孫の手で背中を搔いてはいる。
明日の夜は、1日早い、クリスマスパーティーだ。
明後日から留守にするので、明日、イブのパーティーをする。
息子と奥さんの好物がテーブルに並ぶ。
ボクが食べたいのは、江戸前の寿司ともりそばだが、ここでは到底、手には入らない。
だから、諦めた。
今はどうか判らないが、それほど高くはない寿司屋で、チェーン展開しているすし清に行きたい。そばは、色々あるが、飯田橋しな乃の合いもりと翁庵のものそば。それと、立ち食いそば。これは、かき揚が載ったのが無性に食べたい。
有楽町の立ち食いもいい。
食い意地は張ってるので、天丼とかも、いきたいところだ。鰻丼もいいなと思う。
どれもこちらではあまり食べる気がしないものばかりだ。
こちらに来て美味いなと思うものは、そうはない。
味付けは悪くはないのだけれども、やはり子供の頃から慣れ親しんだ、関東の味に憧れる。
フグなんて、食いたいとも思わない。
ま、美味いんだろうけどね。
そんなわけで、明日一日、楽しく過ごして、あとは、野と成れ、山となれだ。
無事、大みそか辺りに、帰還できればめっけもんだが、今は、その先の事は、無事帰還を果たしてから考えるとしよう。
そんなわけで、へんてこりんな年末を過ごすことになってしまったが、みなさんは、楽しい年末を過ごすように。
2014年が、皆さんにとって、いい年であることを、願ってやみません。
来年、また!
ここのところ、毎日二本から三本の映画を観て過ごしている。
朝起きて、ご飯を食べてから、大体、日が暮れるまで、ずっと。
見入る映画もあれば、疲れと、薬の影響でか、目を開けてるのがやっとの時もある。これで何か身についているのかと言うと、あまり身にはつかないようだが、それでいいと思っている。
こういう観方をするのは、本当に久し振りのことで、20代の前半以来かも知れない。
あれこれ理屈が出て来てしまい、観る映画も、厳格に枠を決めて観ていたのだが、今は、比較的、制限の幅は、広い。
あえて、聞いたこともなかった映画を観たりもしてる。そして、そのなかに、掘り出し物も何本か見つかり、こっそりと、見直してみたいと思うものもある。
邦画は、極端に少ない。
観てみたいものも、何本かはあるのだが、では!となるとなかなか食指が伸びない。
ヨーロッパの映画が比較的多いか?アメリカのインディーズ系も、ハリウッドものも、万遍なくだ。
中国と韓国は、ある特定の監督作だけしか、いまのところ観てないが、インドも含めての、アジアの映画にも、食指が伸びてきている。
でも、そんな映画三昧の日々も、一応23日で終了しようと思う。
24日のイブからは、ボクは自宅にはいないからだ。
勿論、帰って来るだろうが、帰れないことだって、一応、考えておかなくちゃならない。
そうなったらそうなったで、困るのだが、今は、それでもいいように、一応の整理をしておきたい。整理と言っても、心の整理ぐらいしか出来ないのだが。
今日観る映画は、楽しみに残してあった三本。
どれから観るか、順番も一応決めている。
時間があったら、『つぐない』をもう一度、観たいが、そうなると、一日、四本になってしまい、ちょっときつい。
戻ってくることが出来たら、真っ先にみるようにしようと思う。
今年は、一月に、『逢う時は他人』と言う映画を作り、その後、旅ばかりしていた。
ヂョンジュ映画祭でのプレミアが終わると、『日本の悲劇』の公開準備が始まり、秋まで続いた。
映画の公開は、まだ行っているが、後は、東京での、2番館での上映があるだけだ。
仕事の整理は、着けたと思ってる。
新たな企画や、脚本は、来年まで、考えないでいようと思っているので、腑抜けのように、映画を観ては、また観ての繰り返しで、他には何もしていない。
もちろん将来への不安だらけだが、精神病になるほどでもない。
毎日何種類もの薬を飲んでいて、寝る前には、てんかんの薬も飲んでいる。
このてんかんの薬と言うのが、凄く、眠くなる薬で、抗鬱剤にも使われているらしいので、その薬の性で、堕ち込まずに済んでいるのかも知れない。
ボクは、随分前から、夜中に足が攣るようになって、一時期は、痛くて、眠ることも出来なかったのだが、このてんかんの薬を処方されてからは、良く眠れるようになった。
かゆみにも悩まされたが、活性炭を飲んでからは、そのかゆみも、以前ほどにはひどくはなっていない。もちろん、塗り薬は欠かせないし、かゆみが全くなくなったわけではなくて、毎日、孫の手で背中を搔いてはいる。
明日の夜は、1日早い、クリスマスパーティーだ。
明後日から留守にするので、明日、イブのパーティーをする。
息子と奥さんの好物がテーブルに並ぶ。
ボクが食べたいのは、江戸前の寿司ともりそばだが、ここでは到底、手には入らない。
だから、諦めた。
今はどうか判らないが、それほど高くはない寿司屋で、チェーン展開しているすし清に行きたい。そばは、色々あるが、飯田橋しな乃の合いもりと翁庵のものそば。それと、立ち食いそば。これは、かき揚が載ったのが無性に食べたい。
有楽町の立ち食いもいい。
食い意地は張ってるので、天丼とかも、いきたいところだ。鰻丼もいいなと思う。
どれもこちらではあまり食べる気がしないものばかりだ。
こちらに来て美味いなと思うものは、そうはない。
味付けは悪くはないのだけれども、やはり子供の頃から慣れ親しんだ、関東の味に憧れる。
フグなんて、食いたいとも思わない。
ま、美味いんだろうけどね。
そんなわけで、明日一日、楽しく過ごして、あとは、野と成れ、山となれだ。
無事、大みそか辺りに、帰還できればめっけもんだが、今は、その先の事は、無事帰還を果たしてから考えるとしよう。
そんなわけで、へんてこりんな年末を過ごすことになってしまったが、みなさんは、楽しい年末を過ごすように。
2014年が、皆さんにとって、いい年であることを、願ってやみません。
来年、また!
2013年10月17日木曜日
2013/10/17
昨日は、二本、観た。
ニコラスレイが学生と作った、『WE CANT GO HOME AGAIN』と、タランティーノの『パルプ・フィクション』。
『WE CANT~』は、特にストーリーがある訳ではなく、学生たちにカメラを担がせ、好ききままに撮らせたものを、長い時間を掛けて編集した作品。
学生と教授のレイが、ため口をきいているのは、驚いた。
それどころか、喧嘩を売る生徒もいて、まるで、どこかの施設のような感じ。
レイ教授は、彼らと辛抱強く接していて、先日観た『デタッチメント』と重なる部分があった。
『パルプ・フィクション』は、久し振りに見直したものだが、展開のことはほとんど忘れていたので、改めて観て、新鮮な驚きをもう一度、味わった。
何より、シナリオの台詞と構成が見事。
時制の順に頭の中で、整理してみようとしたが、何か、こんがらかってしまい、もう一度観ないと、良くわからないが、エンディングも、考え抜いたものに違いない。
この映画は、もう古典の領域なんだろう。
初めて観た時の事の衝撃が、今でも思い出される。
今日は、『アウトロー』を観た。
クリントイーストウッドの映画ではない。
『ユージュアルサスペクツ』の脚本家の監督デビュー作らしい。
これが、また、意外に面白かった。
とにかく、シナリオが良い。
トムクルーズがプロデューサーとして名を連ねているところを見ると、シナリオにほれ込んだのだろう。
CGを一切使わずに、スタントも自らこなしたと言うが、本当だろうか?
決して派手さはないし、常套と言えば、ネタも常套なのだが、語り口の良さで、最後まで飽きさせない。
こう言う映画があると、ホッとする。
そして、また、映画を作りたくなる。
ニコラスレイが学生と作った、『WE CANT GO HOME AGAIN』と、タランティーノの『パルプ・フィクション』。
『WE CANT~』は、特にストーリーがある訳ではなく、学生たちにカメラを担がせ、好ききままに撮らせたものを、長い時間を掛けて編集した作品。
学生と教授のレイが、ため口をきいているのは、驚いた。
それどころか、喧嘩を売る生徒もいて、まるで、どこかの施設のような感じ。
レイ教授は、彼らと辛抱強く接していて、先日観た『デタッチメント』と重なる部分があった。
『パルプ・フィクション』は、久し振りに見直したものだが、展開のことはほとんど忘れていたので、改めて観て、新鮮な驚きをもう一度、味わった。
何より、シナリオの台詞と構成が見事。
時制の順に頭の中で、整理してみようとしたが、何か、こんがらかってしまい、もう一度観ないと、良くわからないが、エンディングも、考え抜いたものに違いない。
この映画は、もう古典の領域なんだろう。
初めて観た時の事の衝撃が、今でも思い出される。
今日は、『アウトロー』を観た。
クリントイーストウッドの映画ではない。
『ユージュアルサスペクツ』の脚本家の監督デビュー作らしい。
これが、また、意外に面白かった。
とにかく、シナリオが良い。
トムクルーズがプロデューサーとして名を連ねているところを見ると、シナリオにほれ込んだのだろう。
CGを一切使わずに、スタントも自らこなしたと言うが、本当だろうか?
決して派手さはないし、常套と言えば、ネタも常套なのだが、語り口の良さで、最後まで飽きさせない。
こう言う映画があると、ホッとする。
そして、また、映画を作りたくなる。
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