豊洲に出る。
「アウトレイジ」観る。
今まで、こんなに頻繁に日本映画を劇場で観ることはなかった。
なぜだろう。
なぜ、ボクは、今、日本映画を劇場で観てるんだろう。
不思議でならない。
観終わって、久しぶりに「豊洲ラーメン」に入り、キャベツの味噌炒めとビール。
豚バラ肉を少し食べ、あとはキャペツを半分ほど。
帰宅して、また、ビール。
芋ケンピがつまみ。
昼に観た、パトリス・ルコント監督の「ぼくの大切な友だち」を思い出す。
どちらもボクにとってスペシャルな映画ではない。
しかし、作り手はどうなんだろう?
スペシャルなものを作ろうという意志がなければ、映画を作る意味はない。そう思ったり、「いやいや、これでいいんだ。映画がヒットすれば、それでいい」と思えたり、考えは堂々巡りだ。
答えはない。
「告白」には、作り手のスペシャルなものへの意志が感じられるが、いかんせん映画自体が、映画以前の代物だ。ボクにとってはだけどね。
これじゃ話にならない。
一本の映画を観ると、ほんとうに色んなことを考えるものだ。
あれこれと妄想が広がるが、自作のことは棚に上げたまま。
「見てろよ」という気持ちと、「もういいよ」という気持ちが交互にわく。
脚が疲れていることに気づく。
まずいぞと思ったら、久しいぶりに、脚が攣った。
2010年6月15日火曜日
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