2014年5月25日日曜日

05/24

パソコンが、唸り声をあげている。
このパソコン、買った時からそうなのだが、いい加減、嫌になる。
窓から放り出したくなるのを、堪えて、何本か脚本を書いてきたが、途中で、ノートの方にするのが常。
思えば、それほどこのパソコンで、脚本を書ききったことはなかったようだ。
ソニーが、売却した何台目かのVAIOなのだけれど、そろそろ、本当に、MACに乗り換えようかと思う。
思うには思うのだけれど、VAIOで通してきた意地もないことはない。

全てが、そうだ。
何かに乗り換えようとしても、なかなか踏ん切りがつかない。
気がつくと、同じものを、何年、何十年と使っている。
映画の好みも同じで、いい加減、しんねりむっつりしたのはやめようと思うのだが、書きだすと、気が付くと、自虐的な脚本しか上がらない。
それならいっそ誰かに書いてもらおうかとも思うが、そして、実際、書いてもらったこともあるのだが、言葉のひとつひとつが気に入らない。
「シナリオは、好きになるまで読み込むこと!」
は、あるプロデューサーの言葉だが、そんなことは、ボクの場合は出来そうもない。自作の脚本でも、何度かしか読まない。
読めば、直したくなるからだ。
次作であっても、その調子なのだから、他人が書いたものなんか、全部、書き直したくなってしまう。
難しい奴なのだ、ボクって奴は。

久し振りに、ブログを更新しようと思い、また、思いつくままに書きだしたのだが、何を書いているのか、自分でも判らない。
そう。
今日は、『日本の悲劇』のツイッターアカウントを廃止する旨を、ツイートしたんだった。
丸一年、続けた。
配給会社がやってくれなかったので、ボクが始めたのだが、これがなかなかやっかいな代物で、何度もやめてしまうと思ったことか。
でも、やめるわけにはいかなかった。
それに、あたたかいツイートをしてくれる人たちもいた。
それで随分と、励まされたこともあった。
廃止するに至り、今日一日、色んな考えが、巡った。
あの映画を作って、良かったことは、今のボクが、ここにまだ在ると言うことだ。
生きてるのだ! ボクは!
そして、また、何かやろうとしている。
いや、そんな気になっていると言う事が、ほとんど奇跡のように思えるのだ。

「死ぬ思い」なんて、簡単に書いてしまうが、まさに、死ぬ思いで、書いた脚本だった。
映画にするには、暗すぎた。
当り前だ。遺書のつもりでかいたのだから。
なのに、あれよあれよと言う間に、映画になってしまった。
遺書ではなくなった『日本の悲劇』は、公開され、思いのほか沢山の人に観てもらった。
でも、そのことで、ボクの、『日本の悲劇』は、ひとり占めできなくなってしまった。
遺書が遺書でなくなったしまった。

今後、ボクは、遺書は書かない。
遺す言葉は、要らない。
そんな結論に至った。
これは、ボクにとっては大きな成果だ。
遺書のことを考えなくて良くなったのだ。
いつでも、ボクは、野垂れ死にすることが出来る。
そうなると、ひきこもって、いじけてるボクと言う人間が、少し、愛しくなってきた。
そうだ! 生き抜こう!
そう思うようになったのだ。
それは、『日本の悲劇』で死んでいった父親とは真逆の選択肢だ。
生き抜く?
ちょっと、大袈裟かなあとも思う。
ま、なんかしましょう程度の事なんだけど。

だから、ま、なんかしましょうの始まりで、久し振りに、このブログを書いてみた訳です。

みなさんも、ま、なんかしましょう!



2014年1月1日水曜日

2014/1/1

あけましておめでとうございます。




昨年は、全州映画祭製作の『逢う時は他人』の制作から始まり『日本の悲劇』の公開と、抱えていた仕事を何とか、こなした一年でした。まだまだ『日本の悲劇』の上映は続きます。また今年も、映画を作り続けます。
どうぞよろしくお願いします。
みなさんにとって、2014年が良い年であります様に、




2014/1/1       

                                                                                   小林 政広拝、




2013年12月23日月曜日

12/23

今晩一晩寝て、明日(と言うより、今日23日)は、息子のサッカーの試合が朝からあり、奥さんも、スタッフで同行するらしく、夕方までは、ひとりで過ごせるようなので、借りていたDVDを残り全部観ることが出来そう。
ここのところ、毎日二本から三本の映画を観て過ごしている。
朝起きて、ご飯を食べてから、大体、日が暮れるまで、ずっと。
見入る映画もあれば、疲れと、薬の影響でか、目を開けてるのがやっとの時もある。これで何か身についているのかと言うと、あまり身にはつかないようだが、それでいいと思っている。
こういう観方をするのは、本当に久し振りのことで、20代の前半以来かも知れない。
あれこれ理屈が出て来てしまい、観る映画も、厳格に枠を決めて観ていたのだが、今は、比較的、制限の幅は、広い。
あえて、聞いたこともなかった映画を観たりもしてる。そして、そのなかに、掘り出し物も何本か見つかり、こっそりと、見直してみたいと思うものもある。
邦画は、極端に少ない。
観てみたいものも、何本かはあるのだが、では!となるとなかなか食指が伸びない。
ヨーロッパの映画が比較的多いか?アメリカのインディーズ系も、ハリウッドものも、万遍なくだ。
中国と韓国は、ある特定の監督作だけしか、いまのところ観てないが、インドも含めての、アジアの映画にも、食指が伸びてきている。

でも、そんな映画三昧の日々も、一応23日で終了しようと思う。
24日のイブからは、ボクは自宅にはいないからだ。
勿論、帰って来るだろうが、帰れないことだって、一応、考えておかなくちゃならない。
そうなったらそうなったで、困るのだが、今は、それでもいいように、一応の整理をしておきたい。整理と言っても、心の整理ぐらいしか出来ないのだが。
今日観る映画は、楽しみに残してあった三本。
どれから観るか、順番も一応決めている。
時間があったら、『つぐない』をもう一度、観たいが、そうなると、一日、四本になってしまい、ちょっときつい。
戻ってくることが出来たら、真っ先にみるようにしようと思う。

今年は、一月に、『逢う時は他人』と言う映画を作り、その後、旅ばかりしていた。
ヂョンジュ映画祭でのプレミアが終わると、『日本の悲劇』の公開準備が始まり、秋まで続いた。
映画の公開は、まだ行っているが、後は、東京での、2番館での上映があるだけだ。
仕事の整理は、着けたと思ってる。
新たな企画や、脚本は、来年まで、考えないでいようと思っているので、腑抜けのように、映画を観ては、また観ての繰り返しで、他には何もしていない。
もちろん将来への不安だらけだが、精神病になるほどでもない。
毎日何種類もの薬を飲んでいて、寝る前には、てんかんの薬も飲んでいる。
このてんかんの薬と言うのが、凄く、眠くなる薬で、抗鬱剤にも使われているらしいので、その薬の性で、堕ち込まずに済んでいるのかも知れない。
ボクは、随分前から、夜中に足が攣るようになって、一時期は、痛くて、眠ることも出来なかったのだが、このてんかんの薬を処方されてからは、良く眠れるようになった。
かゆみにも悩まされたが、活性炭を飲んでからは、そのかゆみも、以前ほどにはひどくはなっていない。もちろん、塗り薬は欠かせないし、かゆみが全くなくなったわけではなくて、毎日、孫の手で背中を搔いてはいる。

明日の夜は、1日早い、クリスマスパーティーだ。
明後日から留守にするので、明日、イブのパーティーをする。
息子と奥さんの好物がテーブルに並ぶ。
ボクが食べたいのは、江戸前の寿司ともりそばだが、ここでは到底、手には入らない。
だから、諦めた。
今はどうか判らないが、それほど高くはない寿司屋で、チェーン展開しているすし清に行きたい。そばは、色々あるが、飯田橋しな乃の合いもりと翁庵のものそば。それと、立ち食いそば。これは、かき揚が載ったのが無性に食べたい。
有楽町の立ち食いもいい。
食い意地は張ってるので、天丼とかも、いきたいところだ。鰻丼もいいなと思う。

どれもこちらではあまり食べる気がしないものばかりだ。
こちらに来て美味いなと思うものは、そうはない。
味付けは悪くはないのだけれども、やはり子供の頃から慣れ親しんだ、関東の味に憧れる。
フグなんて、食いたいとも思わない。
ま、美味いんだろうけどね。

そんなわけで、明日一日、楽しく過ごして、あとは、野と成れ、山となれだ。
無事、大みそか辺りに、帰還できればめっけもんだが、今は、その先の事は、無事帰還を果たしてから考えるとしよう。

そんなわけで、へんてこりんな年末を過ごすことになってしまったが、みなさんは、楽しい年末を過ごすように。
2014年が、皆さんにとって、いい年であることを、願ってやみません。

来年、また!

2013年10月17日木曜日

2013/10/17

昨日は、二本、観た。
ニコラスレイが学生と作った、『WE CANT GO HOME AGAIN』と、タランティーノの『パルプ・フィクション』。
『WE CANT~』は、特にストーリーがある訳ではなく、学生たちにカメラを担がせ、好ききままに撮らせたものを、長い時間を掛けて編集した作品。
学生と教授のレイが、ため口をきいているのは、驚いた。
それどころか、喧嘩を売る生徒もいて、まるで、どこかの施設のような感じ。
レイ教授は、彼らと辛抱強く接していて、先日観た『デタッチメント』と重なる部分があった。
『パルプ・フィクション』は、久し振りに見直したものだが、展開のことはほとんど忘れていたので、改めて観て、新鮮な驚きをもう一度、味わった。
何より、シナリオの台詞と構成が見事。
時制の順に頭の中で、整理してみようとしたが、何か、こんがらかってしまい、もう一度観ないと、良くわからないが、エンディングも、考え抜いたものに違いない。
この映画は、もう古典の領域なんだろう。
初めて観た時の事の衝撃が、今でも思い出される。

今日は、『アウトロー』を観た。
クリントイーストウッドの映画ではない。
『ユージュアルサスペクツ』の脚本家の監督デビュー作らしい。
これが、また、意外に面白かった。
とにかく、シナリオが良い。
トムクルーズがプロデューサーとして名を連ねているところを見ると、シナリオにほれ込んだのだろう。
CGを一切使わずに、スタントも自らこなしたと言うが、本当だろうか?
決して派手さはないし、常套と言えば、ネタも常套なのだが、語り口の良さで、最後まで飽きさせない。
こう言う映画があると、ホッとする。
そして、また、映画を作りたくなる。


2013年10月16日水曜日

2013/10/15-3

二本の女性監督の長編デビュー作を、観た。
どちらも、自主制作。
本当に、少ない予算で、作っている。
一本は、ほたる脚本監督主演の『キスして。』。
もう一本は、大木萌監督の『花火思想』。
どちらも、拙さはあるものの、言いたいことが先にあって作られた、熱のこもった作品で、美しく仕上がっていた。
その間にも、随分とDVDで、映画を観た。
ある映画などは、観たことを忘れていて、30分ほど観てから気付いた。
決して悪い映画ではなかったのだが、なぜか、印象が薄い。
アメリカ映画には、こうした映画がある。
Xメンシリーズも三本観た。
ゼロが、一番いい出来だったが、そのうちに、忘れてしまうに違いない。
娯楽とはそういうものだし、黒澤明監督ではないが、観た人の心に、死ぬまで刻み込むような映画は、滅多に現われるものではないし、現れては、困るところもある。
観る側としてはだ。
どうして困るのかと言うと、ボクのように、映画に囚われて人生を棒に振ってしまわないとも、限らないからだ。
ほどほどがいいに決まっている。たかが映画なのだから。

しかしだ。
前に挙げた二本の映画は、ボクの人生を変えるところまではいってないが、映画を作っている人間として、改めて、思い知らされたことが沢山あった。
それは、言いたいことがあっての、映画作りと言うことだ。
それは、自主制作に限らない。
娯楽映画にも言えることだ。

デビュー作に、その監督の全てがある。
そんな言葉があるが、ボクは、もう一度、デビュー作を作った時の気持ちに舞い戻ってみようかと思い始めている。それには、ボクの場合、まず書くことから始めないといけない。
年内に、二本から三本のシナリオを書くこと。
それを自分に課したところだ。
叱咤激励するつもりで観た、二本の映画に、今、ボクは、叱咤激励されている。

2013年10月15日火曜日

2013/10/15-2


ボクの中で、『ギリギリの女たち』は、とても、重要な位置を占めています。
311の現場からの映画として、観せてはならないものと、観せねばならないものの狭間で、畏れや、戸惑い、葛藤が、あったからです。
あの映画を、作らなかったら、『日本の悲劇』は、作らなかったとも思います。
映画の完成度を、敢えて捨てて、臨みました。
非難は、覚悟してました。
そう、あらかじめ、非難されるために、あの映画は、あります。
 
ですから、皆さん、『ギリギリの女たち』を観て、思い切り、毒づいてください!
毀誉褒貶は、この映画には、必要ありません。
唾棄すべき映画でいいのです!
 
 
 
 

 

2013/10/15

『日本の悲劇』が公開されて、ようやく肩の荷が下りた。
とは言え、まだ映画は、公開中で、地方都市を回っている。
ひととおりの上映が終了するのは、来年一月ぐらいだと、配給の人が言っていた。
この映画は、311の震災とは直接関連はないが、震災のあった時期の話で、登場人物は、映像には出て来ないが、被災している。
と、言うよりも、『日本の悲劇』に出て来る家族は、311の日に、完全に時間が止まってしまったのだと考えた。
勿論、引き返すことも出来ない。前に、進むことも出来ない。
そう言う意味で。
だから、部屋のカレンダーも、2011年3月を示したままにした。
今、この家族(家族と呼べる単位であることを願うばかりだが)が、どんな暮らしをしているのか?
ふと考えてみた。
もちろん、ミイラになってしまった不二男を生き返らすことは出来ないが、掛かってきた電話が、別れた妻からのものであったなら、どうなっているだろうか? とか、当初考えていたように、妻は、津波にさらわれたものの、娘の博子は、生きていて、避難所生活を送っているとしたら? 博子の母方の親族が、全て、亡くなってしまってたとしたら、唯一、残された血縁である、父に連絡を取るはずだし、いつかその電話を、取る時が来るはずだと思うと、『日本の悲劇』にも、少しだが、光明を見出すことが出来る。
義男は、娘博子を引き取る前に、警察に自首し、年金不正受給の罪と、死体隠匿の罪で、起訴され、罪を償い、その後、博子を引き取り、本気で、仕事を探すだろう。

ボクは、今そのようなことを考えてみて、あの映画が、あのような時点で、終わってしまってよかったものなのかと思う。
もちろん、製作時に、その先のシーンを考えないことはなかったのだが、ここまでの考えには至らなかった。まだ、2011年10月の時点で、そのような考えが、浮かぶはずもなかったのだが…。

人間は、生きねばならない。
しかし、時として、人間は、自ら、死を選ぶこともある。
生と死との境界は、意外に、もろく、薄い。
その境界に、今、ボクたちは、立っているんじゃないだろうか?
死への一歩を踏み出す前に、うずくまるでも良い。立ち止まるでも良い。とにかく、そこに留まって、時が過ぎゆくのを、待っていようではないか。
夜が明けないことはない。
闇には、いつか光が射すのだから。



10月19日に思うこと、

  総裁選が大騒ぎの果てに、終わったかと思ったら、今度は、衆議院解散で、選挙だ。31日投開票だから、あまり日もない。 議員たちが、国会から引き上げる様子を見ていると、次の選挙に向けて密かに闘志を燃やしているのか、あきらめているのか、うつむき加減で、深刻な表情を浮かべている。 ...