どうも最近の子供たちは、
「面倒くさい」
が口癖のようで、何かと言うと、
「あー、面倒くせえなあ」
などと言う。
そう言うときは、
「お前、息してるのも面倒くせえんじゃねーの?」
ときいてみることにしてるんだが、最近、効果あってか、
「面倒くさい」
を言わなくなった。
その代わりにと言っては何なんだけど、ボクの方が、
「面倒くさい」
とこっそり言うようになった。
でも、ボクが言っても、誰も、
「息してるのも面倒くさいんじゃないの?」
とは言わない。
言われたら、
「そうなんだよ! だからひと思いに殺してくれないかな」
と言おうと思っているんだけど、誰も言ってくれないので、未だに言わずじまいだ。
実際、生きてる以上に、
「面倒くさい」
ことなんてありゃしないだろう。
カウリスマキの映画に、『コントラクト・キラー』と言うのがあって、自分を殺して欲しいと殺し屋にお願いするのだが、気が変わって、もっと生きたいと主人公は思うようになり、殺し屋に「殺しの中止」を申し出るのだが、既に、殺し屋は、代行の人間に「仕事」の発注を済ませていて、「殺しの中止」は、キャンセルとなってしまう。
それで主人公は、見えない殺しの代行者から逃げ惑うことになるのだが、最後がどうなったのか、覚えていない。
ボクが以前作った映画に、『殺し』と言うのがあり、シナリオを書くきっかけとなった映画の中に、この『コントラクト・キラー』があるが、内容は全く違っていて、『コントラクト・キラー』の主人公から遺伝子を受け継いだのは、『殺し』の主人公が働いていた以前の会社の上司で、『殺し』では、深水三章さんが演じた役だ。
石橋凌さん演じる主人公は、この男を追い詰めて、殺そうとするのだが、堤防の突端まで逃げた男は、転んでしまい、ついに観念する。
拳銃を手に、男の後頭部に狙い澄ます主人公。
その時、男は、振り返って、主人公の目を見て、ニタリと嗤う。
ボクはこのシーンを撮影していた時、このカットのことは思いつきもしなかったのだが、現場で突然、深水さんが、
「ね、監督。次のシーンなんだけどさ、俺、振り返って、嗤ってもいいかな」
と相談を受けた。
そのシーンの説明をして、リハーサルを終えて、いざ本番に行こうとした矢先のことだった。
そもそも、このシーン自体が、現場で思いついたシーンで、雪の中で、自分の墓穴を掘るというシーンも、確か台本にはなかったかと思う。
なので、ボクは、とにかくそのシーンを、その日のうちに撮り切るのに必死で、深水さんの演じる役の身になることも、なかった。
「嗤うんですか」
と、ボクはとても不愉快な顔をしたように思う。
「駄目? 駄目だったら良いんだけど」
深水さんは、そう答えた。
「でもね、殺される前に、俺は嗤いたいんだよね」
「嗤うのか」
「嗤いたい」
深水さんは、真剣な表情で、ボクを見詰めて言った。
ボクはまだ半信半疑だった。
「何を言ってるんだ」
と心の中では苛立っていた。
カット割りをし直さなくてはならない。
しかも、突風の吹く、苫前の海岸でだ。
日没は間近で、時間もない。
撮影部も照明部も、
「早くしてくれよ。撮り切れないよう」
と、助監督にこぼしている。
体感温度マイナス30度の中で、次に撮るシーンのカット割りが決まらない。
ボクは、土壇場に立たされた。
ボクは、
「五分、時間が欲しい」
と言って、現場を離れ、スタッフの車の中に飛び込んで、台本を広げた。
雪が溶けて、水浸しになった台本は、ページをめくるだけで、破れていく。
赤やら青やらで書いたメモやカット割りも、何度も書き直したので、何が何だか判らなくなっている。
それで、ボクは目を閉じて、次に撮るシーンのカット割りを、順番に思い浮かべていった。
判らない。
もう考えをまとめる体力もない。
おまけに指は寒さでかじかんでいて、鉛筆を持つ手もこわばっている。
五分が経った。
制作部がボクを呼びに来た。
ボクは、断頭台に立つような思いで、現場へと向かった。
いきなり深水さんが、
「どう決まった?」
と、ボクにきいた。
「決まりました」
とボクが言った。
「俺もね、今まで考えてたんだけどさ、やっぱり嗤わない方がいいんじゃないかってね。そう思うようになったんだよ」
で、ボクは、
「いや。嗤いましょう」
と答えた。
咄嗟の返答であり、決定だった。
そして、撮影は、男が振り向き嗤うと言う方向で進んだ。
すべての撮影が終わって、編集作業に入っても、このシーンになると、思い悩んだ。依然として、ボクは、男が嗤うということに、抵抗があったのだ。
なぜ、こんなことを今頃書いているのかと言うと、ボクはあの頃より、ずっと老けたんだなと思ったからだ。
いくら自分の方から依頼した殺しであっても、いざ、殺しの代行人から拳銃を突きつけられて、ボクは嗤うかと自問したら、
「嗤うかも知れない」
と今は思うからだ。
どんな人生を送った人でも、死ぬ寸前には、人生の辻褄は合うものだと言う言葉がある。
それは、きっと、「諦念」ではなく、「納得」なんだろう。
でも、その時のボクは、ただ単に天の邪鬼で、深水さんの言葉の逆をしたに過ぎない。
あの頃のボクには、まだまだ夢と希望があったということだ。
では、今は…??
夢も希望も、ある訳がないのだ。
10月に、札幌蠍座で、ボクの特集上映があります。
『春との旅』を含めた、五本の映画が掛かる予定です。
ラインナップは、
『春との旅』
『殺し』
『女理髪師の恋』
『バッシング』
『幸福』
です。
よろしかったら、ご覧ください。
2010年8月25日水曜日
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