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12/23

今晩一晩寝て、明日(と言うより、今日23日)は、息子のサッカーの試合が朝からあり、奥さんも、スタッフで同行するらしく、夕方までは、ひとりで過ごせるようなので、借りていたDVDを残り全部観ることが出来そう。
ここのところ、毎日二本から三本の映画を観て過ごしている。
朝起きて、ご飯を食べてから、大体、日が暮れるまで、ずっと。
見入る映画もあれば、疲れと、薬の影響でか、目を開けてるのがやっとの時もある。これで何か身についているのかと言うと、あまり身にはつかないようだが、それでいいと思っている。
こういう観方をするのは、本当に久し振りのことで、20代の前半以来かも知れない。
あれこれ理屈が出て来てしまい、観る映画も、厳格に枠を決めて観ていたのだが、今は、比較的、制限の幅は、広い。
あえて、聞いたこともなかった映画を観たりもしてる。そして、そのなかに、掘り出し物も何本か見つかり、こっそりと、見直してみたいと思うものもある。
邦画は、極端に少ない。
観てみたいものも、何本かはあるのだが、では!となるとなかなか食指が伸びない。
ヨーロッパの映画が比較的多いか?アメリカのインディーズ系も、ハリウッドものも、万遍なくだ。
中国と韓国は、ある特定の監督作だけしか、いまのところ観てないが、インドも含めての、アジアの映画にも、食指が伸びてきている。

でも、そんな映画三昧の日々も、一応23日で終了しようと思う。
24日のイブからは、ボクは自宅にはいないからだ。
勿論、帰って来るだろうが、帰れないことだって、一応、考えておかなくちゃならない。
そうなったらそうなったで、困るのだが、今は、それでもいいように、一応の整理をしておきたい。整理と言っても、心の整理ぐらいしか出来ないのだが。
今日観る映画は、楽しみに残してあった三本。
どれから観るか、順番も一応決めている。
時間があったら、『つぐない』をもう一度、観たいが、そうなると、一日、四本になってしまい、ちょっときつい。
戻ってくることが出来たら、真っ先にみるようにしようと思う。

今年は、一月に、『逢う時は他人』と言う映画を作り、その後、旅ばかりしていた。
ヂョンジュ映画祭でのプレミアが終わると、『日本の悲劇』の公開準備が始まり、秋まで続いた。
映画の公開は、まだ行っているが、後は、東京での、2番館での上映があるだけだ。
仕事の整理は、着けたと思ってる。
新たな企画や、脚本は、来年まで、考えないでいようと思っているので、腑抜けのように、映画を観ては、また観ての繰り返しで、他には何もしていない。
もちろん将来への不安だらけだが、精神病になるほどでもない。
毎日何種類もの薬を飲んでいて、寝る前には、てんかんの薬も飲んでいる。
このてんかんの薬と言うのが、凄く、眠くなる薬で、抗鬱剤にも使われているらしいので、その薬の性で、堕ち込まずに済んでいるのかも知れない。
ボクは、随分前から、夜中に足が攣るようになって、一時期は、痛くて、眠ることも出来なかったのだが、このてんかんの薬を処方されてからは、良く眠れるようになった。
かゆみにも悩まされたが、活性炭を飲んでからは、そのかゆみも、以前ほどにはひどくはなっていない。もちろん、塗り薬は欠かせないし、かゆみが全くなくなったわけではなくて、毎日、孫の手で背中を搔いてはいる。

明日の夜は、1日早い、クリスマスパーティーだ。
明後日から留守にするので、明日、イブのパーティーをする。
息子と奥さんの好物がテーブルに並ぶ。
ボクが食べたいのは、江戸前の寿司ともりそばだが、ここでは到底、手には入らない。
だから、諦めた。
今はどうか判らないが、それほど高くはない寿司屋で、チェーン展開しているすし清に行きたい。そばは、色々あるが、飯田橋しな乃の合いもりと翁庵のものそば。それと、立ち食いそば。これは、かき揚が載ったのが無性に食べたい。
有楽町の立ち食いもいい。
食い意地は張ってるので、天丼とかも、いきたいところだ。鰻丼もいいなと思う。

どれもこちらではあまり食べる気がしないものばかりだ。
こちらに来て美味いなと思うものは、そうはない。
味付けは悪くはないのだけれども、やはり子供の頃から慣れ親しんだ、関東の味に憧れる。
フグなんて、食いたいとも思わない。
ま、美味いんだろうけどね。

そんなわけで、明日一日、楽しく過ごして、あとは、野と成れ、山となれだ。
無事、大みそか辺りに、帰還できればめっけもんだが、今は、その先の事は、無事帰還を果たしてから考えるとしよう。

そんなわけで、へんてこりんな年末を過ごすことになってしまったが、みなさんは、楽しい年末を過ごすように。
2014年が、皆さんにとって、いい年であることを、願ってやみません。

来年、また!

コメント

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新年の抱負のようなもの、

今年は、何もしないで新年を迎えようと思っていた。
何もしないというのは、初詣とか、もろもろ新年にまつわる行事で、別に、何か理由があるわけではなくて、二日から、もう、クリニック通いが始まったので、ボクの場合は、新年も何もないからだ。
新しい年になったからって、特別、何かが変わったわけでもないし、変わるわけでもない。
新しい年になって、今年こそという気持ちは、あるにはあるのだが、まずは、昨年のことを振り返らないと、今年のことは、なんとも、決めようがない。

というわけで、昨年だが、仲代さんの関係の仕事が、舞い込んできて、リーディングの舞台を演出したのと、「果し合い」という藤沢周平さんの原作を脚色したのと、あとは、オリジナルのシナリオを一本書いたぐらいで、あとは、なんとなく過ごしていた。
もう一本ぐらい、ホンを書こうと思っていたが、書けなかった。
年末に、前から考えていた企画のことがあたまをもたげて、若い人に企画書のようなものを書いてもらったが、まだまだの感。
もうひとつ企画があるのだが、こちらは、まだ文字にするわけにはいかない。
もう少し、時間が要る。

そう。
時間が要ることばかりになってきていて、いくら時間があっても足らない。
おまけに、体力がなくなって、すぐに疲れるから、寝てばかりいる。
これでは、何も進まない。

去年ほど、映画を観ない年はなかったんじゃないかというぐらい映画を観なかった。
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観なくて済むなら観なくたっていいのかも知れないが、一本でも多くと思っている人間にとっては、何だか、変だ。
では、さぞ、つまらない一年だったろうと思うかもしれないが、これが、何とも、不安を掻き立てて、スリルのある、刺激的な一年だったのだ。
たまには、映画から離れてみることも必要だなとか、このままでいいのかとか、思いは錯綜するが、意図して、映画を観ない日をつづけた。

観たい映画があまりなかったというのもある。
ちょっとこれは観ておかないとなと言う映画がない。
意図が、わかる。
観る前からわかる。
そんな映画ばかりで、それは、映画がつまらないのではなくて、宣伝なんかが、月並みで、意表をつくことをしないのが原因でもある。
あとは、タイトル…

してはならないことをするということ、

特に、これと言って書くことがない。
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はじめから主人公に共感もできないものもある。
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そんな中で、それほど期待せずに読み始めた、「チャイルド44」。
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それは、してはいけない雰囲気があった。
あまり、認めてもくれなかった。
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書いても、認められなかったからだ。
映像に出来ないようなことを書くのが小説だと言われていた。
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それが純文学で、芥川賞受賞作だったりする。
飛ぶように売れているものもある。
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しかし、何か、空しい。
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Mさんのこと、

最近、ひとりでコーヒーを飲んでいると、Mさんのことを、思い出すようになった。
Mさんのことは、それまでも、年に何度かは、思い出すのだが、最近では、とみに思い出すことが多くなった。

Mさんとは、公務員(郵便局員)の時の、先輩後輩にあたり、同じ班に属していた。
配達区域も、同じ西新宿で、良く、配達場所を教えてもらった。
昼飯も、待ち合わせて同じ場所で食べた。
旨い店を見つけるのが得意なMさんは、西口会館にあったラーメン屋とか、ハイチと言うドライカレー屋とかを教えてくれた。
コーヒーも好きで、下戸のボクたちは、仕事が終わると、高田馬場の駅前の本屋の入っているビルの地下の喫茶店で、コーヒーを飲んだ。
そして、本の話や、映画の話をした。

勤めて、4年目に入ったころ、ボクは、志していた映画の道を進もうと、勤めを辞めることにした。
今になって思うと、随分と無謀なことをしたものだ。
何のあてもないのに、フランスに渡ったのだから。

同じころ、Mさんも、別の生きる道を見つけていた。
喫茶店を開くことだった。
Mさんは、仕事を終えると、青山だか、渋谷だかの喫茶店に行って、開業のための修業をしていた。

今では、あまり見かけなくなったが、その頃よく見た看板。
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板。
店の売りは、深い焙煎のドリップコーヒーと、シフォンケーキだった。
店は、白壁で、太い梁が、何本も通っている、山小屋とも少し違う、シャレたもので、大体、クラシックが流れていた。
客は、女性がほとんどで、値段は、高めに設定してある。
それでも、そのての店は、結構繁盛していて、あちこちに、
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板が出ていた。
系列店と言うことではないみたいだが、とにかく、沢山あった。

Mさんが、町田に店を開いたのは、ボクがフランスから帰って間もなくの事だったと思う。記憶違いで、Mさんの方が辞めるのははやかったのかも知れない。
いずれにしても、ほぼ、同時期にボクたちは、別の道を歩き始めた。

一度、ボクは、町田のMさんの開いた店に行ったことがある。
まだ、店を始めて、間もないころだった。
Mさんは、確か妹さんとその店をやっていた。
お決まりの、深入り焙煎のドリップコーヒーとシフォンケーキ。シフォンケーキには、ホイップされた生クリームがたっぷりのっている。
ボクは、コーヒー職人と化したMさんを…