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11月, 2011の投稿を表示しています

気概、

映画は、気概だなあとつくづく思う。
それしかないようにも思う。
それも、生半可な気概では、とても太刀打ちできない。
研ぎ澄ました刃を手に、満を侍して鋭く切り込んでいく気概ではなく、土壇場に立ち、前後を見失いながらも、刃こぼれした刃を頼りに、一局に集中する気概。
画に現れるのは、そんな必死の気概のみだ。

『日本の悲劇』②

『日本の悲劇』を撮るまで『切腹』は再見しないと決めていた。
何度もDVDに手が伸びたが、観たら絶対に影響されると思ったから観なかった。
撮影が終了して、偶然のように、この映画を観た。
UTUBEで、いくつか音楽を聴き、それから映画の予告編を観ていったのだが、ふと目に入ったタイトルが『HARAKIRI』だった。
9つのファイルに分けられていて、深夜、何の気なしに観たのだが、1から2に、2から3にと進んで行って、ついに9まで観てしまった。
それでも止まらず、また1に戻り、9までを、繰り返した。
ほとんど一日、『HARAHIRI』を見続けたことになる。
もちろんボクは、『切腹』のDVDを持っている。
どこへ行くにもこのDVDだけはバッグに入れておいて、いつでも観られる状態にしてあるのだ。
しかし、観なかった。
今、ふとしたことからの映画を再見して、途方に暮れている。
いや、愕然としていると言った方がいいのか…?
共通点があまりに多いということにだ。
数年前に観たこの映画に、ボクはどれだけ影響されていたかということを、思い知らされたのだ。
映画が、人の心の底に根深く残るものだということを、改めて知った。
そして、『切腹』の主演をつとめた仲代達矢氏との映画作りを経験したことへの奇跡的な幸運と幸福に改めて酔いしれている。
完成は、一月の予定だ。
お客さんが、未だかつて見たことのない仲代達矢氏に出会えることを保証するとともに、『切腹』には遠く及ばないまでも、人の心の奥底に根深く残る映画になることを願ってやまない。

『ギリギリの女たち』のこと、

知ってる人は知ってるのだが、ボクはこの映画のもとになった脚本を随分前から持ち歩いていた。キャスト欄には名前も入っていたが、実現することはなかった。
こんなことは良くあることだったが、その時は、自主制作でも作る積りでいたので、製作を中止した時は、随分と落ち込んだ。
キャスト欄に名前を並べた人たちにも申し訳ない気持ちだった。
この脚本は、以来何年か寝かせた。いや、すでに頭の中から、この映画のことは消し去っていた。
コメディー色の強いこの脚本を、ボクは大好きだったが、その頃のボクが作るには軽すぎた。これではどこの映画祭に出しても、鼻も引っかけてくれないだろう。映画祭に出品することが難しいということは、国内での上映にも大きく影響してくる。作ったは良いけど、映画館に掛けられない可能性もある。
今では、そのような映画が一本ぐらいあってもいいかなと思うが、当時はとてもそんなわけにはいかなかった。金の余裕がないのは、今でもだが、それ以上に精神面でも余裕がなかったのだ。フイルムで撮影するとなると、最低でも、1千万は掛かる。遊びや道楽でできるものではないし、全く回収できないのは、困る。
作ったはいいが、ボクらの生活ができなくなるからだ。
年金生活者なら、月7万はもらえるから、都営住宅にでも入れば、生きてはいけるのかも知れないが、まだボクは、その頃、50になったばかりだったし、年金がもらえるわけもない。
つまり、『ギリギリの女たち』は、一度は堕胎した罪深い脚本なのだ。
この脚本を再度、蘇らせようと思ったきっかけは、FACEBOOKにあった。
ある日、Kさんの書かれた石井裕也監督の映画のDVDの記事を見て、低予算で作ったとあり、ボクもそのような映画を一本ぐらい作ってみようという気になった。
それで、Kさんに連絡した。
すると、Kさんも、直ぐに乗ってきて…といった具合で、それからはとんとん拍子だった。
とはいえ、映画を作るといっても、企画がない。
いや、企画は掘り起こせば何かあるに違いない。
問題は、別にあった。
低予算映画というのは、ボクも作ってはいるが、それでも、前に書いたように1千万は掛かる。
フイルムで撮る以上、それ以下では不可能だ。
では、ビデオか?
ボクが、デジタルで映画を撮るのか?!
そこでつまずいてしまった。
デジタルと言っても、様々な機材があり、ピンからキリまでだ。
その…

東京国際映画祭にて、

今日で東京国際映画祭が終わる。
長いようで短い9日間だった。
自作の出品に加えて、コンペの審査員という大役を仰せつかって、14本の映画を観つつ、自作の上映のQAにもでかけた。
へたばっている暇もないほどだった。
14本の映画を観ながら、自作の映画『ギリギリの女たち』のことが気になって仕方がなかった。
そりゃあそうだろう。
心血注いだ映画のお披露目だ。気になるのが当たり前だし、客の反応が知りたいのは、当然のこと。
とくに今作は、色々と冒険をさせてもらったので尚更だ。
それら冒険が、どう受けいられるのか、知りたくてたまらない。
観客に拒否されて、あえなく敗退の憂き目に会うのかもしれない。
ロケ地が被災地だと言うことも気になる。
極力、神経を使って撮影に臨んだつもりだが、それが観客にはどう映ったのか?
心配を通り越して、恐怖心さえ覚えた。
しかし、そんな危惧も取り越し苦労だったようだ。
映画はお客さんに受けいられたようだからだ。
上映が終わって、スタッフやキャストと乾杯をして、その後、中村優子とそのご主人とうちの家内とで食事をして別れた後は、久しぶりに心地良い眠りが待っていた。
夢も見なかった。
そして、今日は、映画祭最終日。
クロージングセレモニーがある。
ボクは、受賞者の名前を読み上げなくてはならない。
ボクは、心から、その人の名前を読み上げるのを、光栄に思っている。
恐らくボクより歳若いその人の作品を観たとき、ボクは、「ああ、この人の作品と出会うために、映画祭の審査員になったんだな」と思った。
人と同様、映画もまた、出会いだ。
そして、映画祭の審査員として、この映画と出会ったことは、まだまだ悲観的になることはなく、映画に希望を持って臨めることを教えてくれた、かけがえのない一本だった。