2010年7月31日土曜日

2010/07/27

家族で、高田松原の海へ。

砂浜が焼けるように熱い。

葉山の海に行った時のことを思い出した。

まだ子供のころ。

海の家で、かき氷。

いちごのシロップも懐かしい。

戻って、ビールを飲んでいたら、眠ってしまった。

夜は、外食。

深夜に、『バーン・アフター・リーディング』観る。

これはいまひとつシナリオがうまくいってないような気がした。

役者への宛て書きで書かれたシナリオのようだが、それが逆にあだになっているようだ。

『ノー・カントリー』以前に書かれたシナリオだそうだが、原作からの脚色の『ノー・カントリー』の方が完成度は遥かに高い。

アカデミー賞受賞後の作品としては、もうひとつ力が入っていない気がした。

しかし、それにしても、コーエン兄弟の才能と言うのは、計り知れないものがある。

いつか彼らの作品を続けて観てみよう。

2010/07/26

気仙沼で、打ち合わせ。

夜、『ミセス・ダウト』観る。

今では、クリス・コロンバスと言えば、『ハリー・ポッター』と言うことになるんだろうけど、ボクにとっては、ロビン・ウィリアムズと組んだ、この作品。そして、『ホーム・アローン』の方が重要だ。第一ボクは、『ハリー・ポッター』を観ていない。いつか観るだろうけど、今もまだ観たいとは思わない。きっと面白いんだろうけど、あれだけ原作がベストセラーとなり、映画の方も大ヒットしたりすると、ボクとしては観る気が失せてしまう。CGを駆使した冒険ファンタジーと言うのも、あまり食指が動かない。

クリス・コロンバスの名を最初に知ったのは、もちろん『ホーム・アローン』だったが、ジョン・ヒューズの脚本を、ジョン・ヒューズ当人より巧みに演出した人として、ボクは記憶している。『ホーム・アローン』の演出には随分驚かされた記憶がある。そして、『ミセス・ダウト』。こちらの方は、ジョン・ヒューズ脚本ではないが、コメディー演出の巧みさは、他の追随を許さないほどだ。素晴らしい。『ハリー・ポッター』以降、大作ばかりを作っているが、得意のホームコメディーを作ってほしいものだ。

ボクにとってこの映画は、とても思い出深いものがある。

何しろ、最初に観たのは三十代の終わりで、ボクは離婚して、ひとり暮らしをしていた。

その時、この映画を観て、ひとり感極まって泣き出してしまったことを覚えている。この映画の影響から、シナリオも書いた。確か、女が男に変装するといったものだったが、あちこちに映画化の話をしたものの、ものにはならなかった。孤独を噛みしめながら、ひとりせっせとシナリオを書き続けていた時代だ。

今観ると、あの頃と何も変わっていないことに愕然とする。

もちろん今のボクには家族がいるが、抱えている問題は、あの頃と一緒だ。

お金の心配と、次回作のシナリオ。書かなければと言う思いと、何もアイデアが浮かばない恐怖感。家庭の経済事情。『武士の家計簿』と言う映画が製作されるらしいが、ボクの家計簿はデタラメで、行き当たりばったり。でも、今、ここで、息しているボクがボクなのだ。

寝つきが悪く、横になっても、うまく眠れず、起きだして不安にかられた。

これも、以前のボクと何も変わっていない。

2010年7月28日水曜日

2010/07/25

朝のうちは涼しかったが、午後からは、それなりの暑さ。

大船渡へドライブ。

家族で、ラーメン食べる。

碁石海岸で休憩。

スーパーで買い物をして帰る。

家に着いた途端、疲れ果て、ダウン。

体力がみるみる減退している。

自分でも驚くほどだ。

『非情城市』観るも、集中力が丸でなくなっていて、何が何だかさっぱり判らず。

この映画を観るときは、いつもそうだ。

疲れてる時に観たくなる映画なのかも知れない。

今度は、いつ観るかな。

2010年7月27日火曜日

2010/07/24

今朝は涼しい。

昨日とは少しだけ様子が違うが、これからどうなるかな。

引き続き、キャプラ監督作、観る。

『陽気な踊り子』。

28年の作品。

サイレント映画。

まだキャプラタッチの萌芽はないが、コメディー作家としての独自性がある。

もっとも、ボクはそれほどサイレント映画を観ていないので、何とも言えないのだが…。

『プラチナ・ブロンド』観る。

「パンツは自分で履く!」

の台詞が面白い。

二面性あるキャラクターの配置や、物語の展開など、いかにもキャプラといった感じだ。

素晴らしい。

『風雲のチャイナ』観る。

中国を舞台にしたメロドラマだが、こちらはキャプラ流があだになっているような気がした。

シリアス劇に、彼の良さは出ないような…。

それは、『失われた地平線』と共通することだが…。

『狂乱のアメリカ』観る。

こちらは、キャプラタッチの完成形とも言えるものだ。

原題は『アメリカンマッドネス』。

『素晴らしき哉、人生!』と共通したものがある。

とにかく、主人公のキャラクターが素晴らしい。

群衆シーンも特筆すべきものがある。

まだご覧になっていない方は、ぜひとも観て欲しいものだ。

駆け足でキャプラ作品を観て来たが、それも、今日で終わる。

作られた年代中に観ることが出来なかったのは、持っているDVD制作年度の表記がなかったためだが、それが悔やまれもする。

後に調べた結果、以下の通りとなる。

『素晴らしき哉、人生!』、『群衆』は、またしばらくしたら観るつもり。

こちらの方は、ボクも何度も観ているし、皆さんもご存知のことだろう。

ああ、それと、『毒薬と令嬢』も、後に観よう。

戦後、満を持して放った『素晴らしき哉、人生!』の興行的失敗で、キャプラの人生は大きく変わった。

そして、ハリウッドもスター中心となり、監督の地位は、後退して行った。

フランク・シナトラとの確執など、大いに屈辱を味わったキャプラは、『ポケット一杯の幸福』を最後に、映画監督を引退。自伝の執筆などで、余生を送ったと言う。

キャプラの自伝は、本国アメリカでも、絶版のようだし、もちろん邦訳はなされていないのだろう。残念でならない。

2010/07/23

一ノ関に、家族を迎えに行く。

駅のレストランで、昼食。

カツカレー、美味しい。

この店の料理は、美味しい。

夜にはイタリアンレストランに変貌。

選りすぐりのワインなんかが飲める。

新幹線口から通路をずっと行けば、右手にある。

一ノ関に行く機会があれば、ぜひ。

この街には、「ベイシー」と言うジャズ喫茶があるが、ボクはまだ行ったことがない。

なかなかチャンスを掴めないのだ。

しかし、今日は暑いなあ。

唐桑に着いても、気温は下がらず、部屋もむんむんしている。

アルコールも直ぐに回ってしまう。

今日は息子とテレビで「となりのトトロ」観た。

この頃の作品はまだまだ小難しいテーマなどなくて、見やすいが、もの足りないことも確か。映画は難しいなあ。

2010年7月26日月曜日

2010/07/22

『我が家の楽園』観る。

これも、変な邦題だ。

ラストシーンが、感動的。

しかも、笑いの要素がちりばめられている。

どうしてこんな映画が作れるのか?

劇が原作になっているとか。

オリジナルでは産み出し得ない作品。

『スミス氏都へ行く』観る。

言わずと知れたキャプラの代表作。

続けて深夜、

『失われた地平線』観る。

冒険もので、かなりの部分をスタジオで撮影されているが、その迫力は、スタジオ撮影とは思えない。

桃源郷の描き方はとても興味が持てた。

しかし、雪崩のシーンなど、一体どうやって撮影したのだろうか?

2010年7月25日日曜日

2010/07/21

昼に、漁火パークのレストランで、打ち合わせ。

戻って、夜の会合まで時間があったので、いよいよキャプラを観始める。

『オペラハット』。

どうしてこういう邦題が付いたのか不思議だ。

どうして、オペラなのか?

中身は、全く違うのに。

確かに、オペラの話がでてくるのだが。

キャプラ節満載で、少しも飽きさせない。

たまらないな。



夜の会合から、戻る。

代行タクシーと言うのに初めて乗った。

何だか、居心地が悪い。

ボクには、不向きだ。



一息ついて、『或る夜の出来事』観る。

もう何度も観ているこの映画、改めて観て、脚本と演出、そして、クラーク・ゲーブルらキャストが素晴らしいのに驚愕する。

ヒロイン役は、あまり気乗りせずにこの役を引き受けたらしいが、(しかも、渋々)映画は大成功を収めた。

階級を意識したシチュエーションの作り方など、うまいなあ。

驚くほどだ。



今日はこの二本で終了。

暑い。

2010年7月24日土曜日

2010/07/20


曇天。

暑さはそんなに感じない。

でも、暑いのだろう。

イオンまで、諸々買い物。

戻って、風呂に入る。

さあ、映画だ。

『フロストVSニクソン』観る。

意外に面白い。

劇の映画化らしいが、シナリオが良くできている。

ロン・ハワードは相変わらず、堅実で、そつなく仕上げている。

しかし、こう言う映画は難しい。実際にあったことを映画にするのは、労力のわりには、成果は芳しくない。

余程の使命感のようなものが、製作者にないと駄目だな。

『ブッシュ』観る。

こちらは、使命感はあるのだが、空回りしている。

何か、オリバー・ストーンの過去の映画を観ているような錯覚に陥る。

シナリオの構成などで、得るところもあったが、全体的には、退屈だった。

ボクだけだろうか?

『私のイタリア映画旅行』観る。

四部からなるこの映画。

映画のための映画だ。

ドキュメンタリーと言う表現ではくくれない。

若い人たちこそがこの映画を観るべきだ。

そして、その精神を学ぶべきだ。

ボクには、少しと言うか、かなり辛い映画体験。

それでも、この先、何度か観ることになりそうだ。

思いあがった自分を、徹底的に断罪できる。

ただただ、「すげえなあ」と感嘆の声を上げるばかり。



観終わったのは、深夜。

しばらく放心状態で、過ごす。

本当に、この映画には打ちのめされた。

もう、しばらく映画を観ることはやめようかと思う。

そう思いながら、今に次のDVDを手に取ろうとしている。

とにかく今日は、これでおしまいだ。

そうしよう。

自分に言って、テレビのスイッチを消す。

部屋の明かりを消して、寝室へ。

ベッドに横になるも、目に浮かぶのは、デ・シーカの映画。

ロッセリーニの映画。

参った。

降参だ。

2010年7月22日木曜日

2010/07/19

朝のうちは晴れていたが、今は曇天。

湿気もある。

でも、窓を開けている方が気持ちがいいので、今日は朝から窓を開けている。

蠅やら蛾やら蚊がボクの周りを飛び交う。

刺すのは困るが、それ以外はあまり気にならなくなる。

ここにいるのは、生活とは程遠い。

ただ、居る。

用があるから居る。

それだけのような気もする。

ボクの居場所など、どこにもないような気持ちになることがある。

特に、映画を観ていると尚更だ。

『胡蝶の夢』観る。

コッポラの自主製作とか。

フランスのパテ社が配給している。

低予算だと言う。

自腹を切って作ったのだと言う。

言葉もない。

中身は、ボクには何が何だかさっぱり判らない。

もちろん、「若さなしの若さ」と言う原題の意味ぐらいはわかるし、この映画が何を言わんとしているかぐらいは判る。

でも、その先は、チンプンカンプンだ。

巨匠の老境の域と言うことなんだろうが、昔観たアラン・レネの『プロビデンス』の方が気がきいているようにも。

でも、良いところも沢山ある。

何より、音楽がいい。

ルーマニアで録音したらしいが、アメリカでは出せない音だろう。

変わった楽器を使っていてそれもいい。

ダルシマーのような民族楽器。

2010年7月21日水曜日

2010/07/18

晴れ。

朝食は、ラーメンに生卵と刻んだネギをたっぷり入れて食べる。

昨夜は寝つきが悪い上に、早くから目が覚めてしまった。

だから、頭が重い。

そんな何やら重苦しい気分の中で、

『流れる』観る。

幾分気分が晴れる。

観るたびに、深みが増す。

芸者置屋の経済事情と言えばそれまでだが、田中絹代、山田五十鈴など、演技の火花が散る。

演出とは、優れた役者からさらに優れた演技を引き出すことのみなのかも知れない。

成瀬作品を見続けて、あと、三本。

そんな感慨を抱いた。

宮口精二が男の中では唯一異彩を放っている。

地味と言えばこんなに地味な話もない。

『女が階段を上る時』、観る。

今度はバーの経済事情。

『流れる』から六年。

ずっと成瀬映画を観て来て、おなじみのキャラクターたちがとっかえひっかえ現れるのに気付く。

この辺をまとめると面白いかもしれないが、ボクの仕事ではないかもね。



『放浪記』、観る。

ようやく観たという感じ。

思っていた以上に面白い。

高峰秀子の演技が秀逸。

宝田明も、頑張ってる。

宝田のラストの台詞は、作り手の林芙美子感なのだろう。



『乱れ雲』、観る。

最後の成瀬作品は、メロドラマで終わる。

ラストが弱い気がしたが、これでいいのだろう。

十和田湖と、そこの旅館がなんとも、東北の旅館といった感じで、味わい深い。

森光子、加東大介、好演。

司葉子は、美しすぎて…。



駆け足で、DVDボックス、二巻を全て観た。

いい意味でも悪い意味でも、スタジオ時代の遺物という感は、否めない。

こんなドラマが、今の世知辛い世の中で作れるわけがないと思うか、いや、作ってみせると思うか。

それは、人それぞれだろう。

きちんと日本映画を観たのは、小津、溝口、黒澤に次いで、四人目。

後で、じんわりと沁みてきそうだ。

さあ、明日からは、何を観よう。

しばらく、比較的新しい欧米の映画を観ようか。

2010/07/17

『乱れる』観る。

後半の電車のシーンが、効いている。

大石田駅で降りて、バスに乗って銀山温泉へ。

そこで、クライマックスを迎えるのだが、少し無理があるなと思った。

ここに何か、アイデアがなかったものか?

相当悩んだところだと思うが、銀山温泉の美景に、監督、脚本家らが、心を奪われたのではないか?

何か、つじつま合わせのような流れになっているように感じた。

「降りましょう」

と、高峰が加山を誘うところが、唐突だ。

ボクは、前半の東京の部分が好きだ。

『家の中の他人』観る。

好きなものが、得手とは限らないのだな。外国のミステリーを原作にしているが、アンドレ・カイアットのようなタッチの心理劇になっている。

温泉で死のうとするところも、もうひとつで、小林桂樹も憔悴し、痩せて行かないといけない。

これでは二時間ドラマの域を出ないと思う。

松山善三脚本。

新珠三千代は素晴らしいが、あまり観たくはないキャラクターだ。



『山の音』観る。

観ていて、不愉快になる。

倒錯した作家の露悪としか言いようがない。

今日はとても嫌な気分で、一日が終わる。

原作は川端康成。

2010年7月19日月曜日

2010/07/16

晴れ。

暖かい。

昨夜は冷えて、フリースを着てたけど、今日はパーカー。

それでも、下着のTシャツに長袖のTシャツだから、東京ではこの時期考えられないことだ。

もっとも、ボクはカロリーが低いので、人よりは寒さを感じるのだが。

朝ご飯は、昨夜作った豚肉のすき焼き。

糸こんにゃくをたっぷり入れて、豚肉は、脂身の多いバラ肉。

生卵で食べた。

ご飯は、一口。

一日一杯のミルク入りコーヒーを飲んで、映画観る。



『めし』観る。

大阪が舞台のこの映画、東京から来た上原謙と原節子の夫婦のありようがとてもリアルだ。

ワンシーンのみの脇の俳優さんもみんな素敵だ。

しかし、描かれていることに華やかさは微塵もない。

上原謙が、女性の客の土産のお菓子の箱を踏みつけるカットが、秀逸。

映画だなと思う。

ラストシーンはハッピーエンドでそれが少し、物足りないか。

でも、気持ちのいい夫婦の話だ。

きっと東宝に移籍しての第一作となる原節子のために作られた映画なのだろう。



『浮雲』観る。

同じ、林芙美子の原作でも、脚色へのスタンスが全く違っていて、こちらの方の脚本は、水木洋子。

原節子にこの役は出来ないだろう。

やはり高峰秀子を置いて他にはない。

そして、憎らしいほどにこの映画は成功している。

期せずして、『めし』と本作を続けて観たのだが、この二本の映画は、表と裏の関係にあるようだ。

原節子演じた妻が、『浮雲』では死に、『めし』では愛人の存在は全くなかった夫に、『浮雲』では、浮気をさせて、破滅(?)させて行く。

夫のキャラクターは、あまり変わらない。

『浮雲』の森雅之に毒舌家というキャラクターをまぶした程度で、優柔不断な男というのは、そっくりだ。

昨日観た『ラスト・コーション』の警戒心の強い軍人ともまた似たキャラクターで、どちらも結果、女が死んで、男は失意の中で、孤独にむせび泣く。

これらの映画を観ていて、今の人たちに、これらの映画を見せた時に、どんな反応をするのか気になった。

女性は、ヒロインに感情移入するんだろうか?

男は?

50年以上の時を隔てて、『浮雲』と『ラスト・コーション』が存在するが、設定などは違うとしても、どこの国も、そしてどんな時代も二枚目俳優に、このようなキャラクターを置くということは、プロデューサー的観点からすれば、興味深いことだろう。

男を狂わす女。

宿命の女。

ファムファタル。

何だか懐かしい言葉が出て来た。

現実からの逃避という面が映画にあるとしたなら、日本に久しくなかった宿命の女の出現とそれに振り回される男の悲喜劇を作ってみたいものだ。



『娘・妻・母』観る。

東宝スコープ。カラー作品。

宝田明など東宝のスターがずらりと並んだ大作だが、中身は、とても地味で、いくつかの家族模様がカットバックして展開されていて、辛うじて華やかさが出ている。

それでも、この映画は、公開時大ヒットを飛ばしたらしいことが、DVDのパッケージに書かれている。

あながち誇大広告でもないようだ。

内容は、素晴らしいの一言に尽きる。

「いい映画は当たらない」

とかが近頃のプロデューサーの口癖だが、良い映画を当てるように努力するのが宣伝や配給の仕事。

勘違いしてもらっては、はなはだ迷惑だ。

朝から成瀬監督作品の三連ちゃんで、疲れ果てる。

どの作品も、相当気合いを入れてみないと、力負けしてしまう。

圧力に屈して、放棄したくなる。

それほどに、これら作品には力が入っているが、この監督もまた、「食べるためにやってる」と川島監督のようにうそぶいていたのかな。

何かの特典映像で、小沢昭一さんが言っていたが、「半分は遊び、半分はまじめ」で、映画を作っていたのか?

もっとも、この時代のスタジオに属す監督は、一年に何本もの映画を作っていて、残るのは、その内の何本かなのだろうから、全てに入魂するひつようもなく、それを望んでる人は誰もいなかったわけだが、今は違う。

次の一本は、何とか楽しんでやりたいものだと思っていても、いざ撮るとなるとそうはいかない。

まさに、入魂しなければならないような状況に追い込まれていく。

だから、かつての多忙な監督と自分とを比較することなんて出来ないのだが、ある種の余裕がないと、いいものも出来ないということなのかも知れない。

残念だが、そんなことを考えた。

夜に、コンビニまで買い出し。

霧の中を走る。

ヘッドライトに、森の道が浮かび上がり、ポーの小説のことなんかを思い出した。

2010年7月18日日曜日

2010/07/15


静かだ。

本当に、信じられないぐらいに、ここは静かだ。

昨日は、何本かの電話を受けただけ。

後は、誰とも口を利かなかった。

東京にいると、喧噪のなかに身を置いていて、いつも何かに追い立てられているような気分になるが、ここにいるとそんなことはない。

じっと押し黙っていても、ことさら焦ることもない。

こちらに来て、もう一週間が経とうしているが、苦になるのは、食事のことだけで、他のことは、まあ何とかやっている。

ビールは、また糖質ゼロに戻ったが、500㎜缶を二本飲んだら、もう充分。

それも、途中でお茶を飲んだりしないと、飲みきれない。

奥さんがいないとボクは何も出来ないので、納屋の雨どいが壊れていても、ただ眺めているだけだし、今朝は、汲み取りが来たのだけれど、あいにく小銭がなくて、振り込みになっても、どこに振り込みに行けばいいのかすら知らない。

ひどいものだ。

だから、電話で奥さんに頼み、東京から振り込んでもらうことにした。

まったく、ひどい。

こう言う田舎にいて、何も出来ない自分を感じる。

出来ることと言ったら、こうして、机に向って駄文を書くことぐらい。

うん。

それでも、このブログ、読者が20人になっている。

どんな人が読んでいるのか、調べたことはないが、定期的に20人の人が読んでいるのだから、下手なことは書けないし、書きたくない。

いつかこっちに移住して、晴耕雨読で、暮らして行こうと考えていたが、体を壊してしまったので、耕が出来ない。晴雨読。あとは、映画鑑賞。読の方も、最近は、怠っている。

いかんいかんの声が聞こえる。

もっと努力しなければな。

何せ、最近読んだ本は、『星の王子様』ぐらいのものだしな。

でも、これ以上の本があるのかといえば、疑問に思えてくる。

さあ、今日は、何を観よう。

ある知人が、スカッとする映画が観たいと言っていたが、ボクも同様だ。

でも、探してみると、なかなか見つからないものだ。

スカッとする映画、何かありませんか?



今日は、午前中に客人が来て、話す。

帰る客人を見送ってから、

『わが町』観る。

昨夜に引き続いての川島雄三監督作品。

『洲崎~』が、東京の情景をうまく取り込んでいるのと同じように、今度は、大阪の情景をうまく取り込んでいる。

これには、驚かされる。

プラネタリウムのシーンも、素晴らしい。

続けて、川島監督の作品を観たくなったが、持っているのはこの二枚なので、あきらめて、他のを観る。

手に取ったのは、アン・リー監督『フア゛ローバック・マウンテン』これも、DVDが出た時に買っていたのだが、なかなか食指が伸びず、現在に至っていた。

ようやく観た。

情景が美しいが、何か、この作品では、アン・リー監督の器用さだけが目について、ボクにはもう一つ乗り切れなかった。

そんなはずじゃないと、これもまた、ずっとみないでいた同監督の『ラスト、コーション』観る。

三時間を超える大作で、こちらの方はアン・リーがプロデューサーにも名を連ねている。

映画の方も、鬼気迫るものがある。

特に、セックスシーンは、サスペンスが掛っている分だけ、目が釘付けになる。

描写も素晴らしい。

ラストは、予想通りというのは、致し方ないし、これ以外には何もありはしないのだと思わせる。

素晴らしい。

ボクはこう言う映画を作るアン・リー監督を尊敬してやまない。

かつてのチャン・イーモウ監督に匹敵する中国人監督だ。

まだ余力があるので、もう一本、軽いのを観ようとある一枚を手にとったが、気が変わり、今日はここまでにすることにした。

さあ、そろそろ、キャプラ監督と成瀬監督の作品群に移行しようと思うが、他にもまだ観たい映画が沢山ある。

さあ、困った。

映画館では、ノーランの新作と、『トルソ』が公開されている。

『踊る~3』も観たい。

んー。

2010/07/14

朝食は、昨日のカレー。デリーのカレーだが、少し古いので、味が落ちている。

残念。

豚肉と玉子で、タンパク質をとる。

両方で、三単位。ご飯が一単位だから、朝に、四単位摂ったことになる。

おまけに、コーヒーにミルクを入れたので、これで五単位目。

一日、ボクのタンパク質は、40グラム。

13単位ほどだから、あと、八単位しかない。

「うーん」

と、唸る。



『レディーキラーズ』観る。

実に、面白い。

素晴らしい。

続けて、

『ミルク』観る。

こちらも、素晴らしい。

休憩を入れてから、

『洲崎パラダイス 赤信号』観る。

子供のころから、この種の日本映画を観ると、何となく一日が重苦しく、嫌な思いでいた。そんなことを思い出して、ボクにはまともにこの映画を観る気持ちになれないが、トリュフォーの後期は、『隣の女』など、日本映画の影響が大きくあったようにも思う。新珠三千代などがとてもいい芝居をしているし、三橋達也もダメ男を秀逸に演じている。



あともう一本と思っていたが、集中力が途切れてしまいそうなので、今日は、ここまで。

いろいろと、メモするが、あまり意味はなさそうだ。

2010年7月17日土曜日

2010/07/13

肌寒い。

曇天で、三時ぐらいから、雨になる模様。

さて、いよいよ、まとめ観だが、ならし運転を数日はしなければならない。

以下、映画の感想を書くが、これは、批評の類いのものではない。あくまで、ボクの創作のためのメモと理解してほしい。

ボクは、作り手でもあるので、視点はみなさんとは、違うかも知れない。

けなす映画もあるかも知れないが、それも、ボク自身にも思い当たる節があるからなのだ。

もし不愉快に思われたら、飛ばして読んでいただければ幸いだ。



『四月の雪』観る。

これは、以前、ここで観たのだが、なぜか、再見。

この映画の監督とは、チョンジュの映画祭で、デジタル部門の審査委員でご一緒したことがあった。

なかなか素敵な男だった。

ホテルで何やら、連日助監督と打ち合わせをしていて、

「ロケハンですか」

と訊いたら、

「そうだ」

と言っていた。

きっとこの映画の準備をしていたんだろう。

あれから随分時間が経ってから、映画は日本でも公開された。

彼同様、寡黙な映画で、省略や飛躍の仕方が実にうまい。

ストーリーは、あまりボクの好きなものではないのだが、大時代がかってしまいがちなこのテのストーリーを、うまく結末まで、運んでいる。

特に、ラストシーンは、秀逸。

ルルーシュの映画を思い出した。



『沈まぬ太陽』観る。

冒頭のカットバックから、メインタイトルが出るまでで、すでに映画は失速している。

橋本忍が脚本を担当していたら、こんなものには絶対にならなかっただろうし、もっと深みのある作品になったのではないかとないものねだりをする。

脚本は、大事だが、その脚本も、脚本家だけの責任で書かれるものではなくなっている。プロデューサーや出資者の意見が多分に入ってくる。おまけに、監督からも、改訂が入る。

それでも、書き続けなければならない、言わば共犯者だ。

いずれ、また、観ることになると思うから、その時は、また違った感慨を抱くかも知れず、それに期待したい。



『キャピタリズム』観る。

エンタテイメント作とはこういうものだとボクは思っている。

饒舌なナレーションの字幕を追うので精一杯だったが、それであっても、この爽快感は何だろう。

きっとボクはマイケル・ムーアの作品が肌に合うのだろう。

音楽の使い方も見事だし、編集も秀逸だと思った。



夕飯時、若葉さんへ行き、上映会の招待券を渡して来る。

帰宅して、巻きずしつまむ。

深夜からもう一本。



『ワールド・オブ・ライズ』観る。

これもまた、素晴らしい。

とにかく、圧倒された。

『デパーテッド』の脚本家が書いたものらしいが、そう言われてみると、なるほどと納得するところがところどころにある。

具体、具体で画を紡いでいく。

その圧倒的なリアリティー。

編集。

観ていて、途方に暮れるばかりだ。

こう言う映画を観ると、もう駄目だ。

寝るしかない。

完全に打ちのめされた。

2010/07/12

気仙沼へ。

商工会議所で、打ち合わせ。

八月八日の『春との旅』の上映会について。

今回の主催は、市民会館。

その下で、実行委員会が組まれた。

委員長は、商工会議所会頭の臼井賢志氏。

もちろん公開中の映画なので、配給が仕切ってはいるが、撮影地であり、ボクとはてとも深いつながりのある町なので、当日の進行などは、実行委員の人たちを中心にして、行っていくようだ。ボクは、色々とアドバイスする側に回っている。

打ち合わせ終わって、エースポート近くの喫茶店で、小野寺さんと雑談。

コーヒー二杯、ご馳走になる。

「近いところで、飲みに来てください」

と言って、別れる。

車を運転しながら、港を眺めていたが、なんて美しいんだろうと改めて、感動する。

港町はいいなあ。

家に帰って、風呂。

それから、ビール。

今日は、二食で、夜のカロリー摂取は、もっぱらビールだ。

ワールドカップの特集番組。

スペイン対オランダ戦を観る。

2010年7月16日金曜日

2010/07/11

一ノ関へ、家族を送る。

帰りに、惣菜やら、インスタントコーヒーを買う。

GIGIに立ち寄ったら、宴会に誘われる。

戻って、選挙番組見る。

2010/07/10

八月八日の気仙沼での上映会の招待状を、撮影でお世話になった人に、配りに行く。

ここ唐桑では、『ワカラナイ』も撮影したのだが、こちらの方は、何もせずだったので、今回はきちんとしないといけないと思いつつ、ひょっとしたら、漏れてるところもあるかも知れない。

監督といえども、現場のことを何から何まで知っているわけではなく、本来ならば、きちんとしたリストなどを制作は作成すべきで、撮影後の挨拶もきちんと行うべきなのだが、当の制作が、現場が終わった途端に、居なくなってしまったので、本当にあちこちに不義理をしてしまうことになった。

今までの映画も、こんな調子だったのかと思うと、途方に暮れる。

他の現場のことは知らないが、ボクの現場は、予算的にも、精神的にも、相当きつい。

ただ、ボクは演出的には無理難題を言っても、金銭面での帳尻は考えているし、無理なら無理で、言ってもらえれば、変更は可能なのだが、粗野ではどうにもならない。

自主映画の場合は尚更だ。気づかいの出来ない人間には、映画に関わる資格はないと思っている。

世話になったという気持ちはあるが、それは、お互い様だと思っている。

スタッフのために、映画を作っているわけではないのだ。

こんなことを書いていると、愚痴になるので、やめる。

せっかくの快晴の一日が、台無しになるからな。

今日から、渡辺真紀子主演の『トルソ』が始まる。

ユーロスペースで、レイトショー公開。

みなさん、観に行ってあげてください。

渡辺は、ボクの同志ですから! (と、これは一方的なボクの思いです)

挨拶回りの後、スーパーで、買い出し。

明後日からは、ひとり暮らし。

出来れば、シナリオを一本仕上げたい。

2010年7月15日木曜日

2010/07/09

雨。

ずっと動いていたので、しんどい。

脚がまたおかしい。

大丈夫かなと思うが、予定してたことなので、夜から、唐桑へ。

土砂降りの雨の中、首都高速は、渋滞。

脚が痙攣している。

交互に、揉みながら、だましだまし先を急ぐ。

本多の芝居があったのだけれど、行けず。

また不義理してしまった。

すんません。

明け方、唐桑に到着。

もの凄く時間がかかってしまったな。

家で、ビール。

六時近くになってようやく眠る。

2010/07/08

昼から、飯田橋コージーコーナーで打ち合わせ。

テラス席は、気持ちが良い。

一旦出て、本屋で買い物。

伊丹万作の本が出ていたので、買う。

それと、開高健。

コージーコーナーに戻って、MのNさんと会う。

色々話して、別れて、「翁庵」へ。

久しぶりだな。

女将さんが、来て、

「さっきまで、ギンレイホールの人が来ていて、『春との旅』が掛るみたいよ」

と言った。

そうか。

ギンレイホールで、ボクの映画がやっとかかるのか。

嬉しい。

まだ10代の頃から通っていた映画館だからな。

感慨ひとしおで、ビールと味噌田楽。

モツ煮込み。

ビール、おかわり。

タクシーで帰る。

家で、うどんと蕎麦、少しづつ。

今日は何だか、久しぶりに麺づくしだな。

2010年7月8日木曜日

2010/07/07

少しづつ、ダルデンヌの本を読んでいる。

何年間かの日記とシナリオ。

タルコフスキーのように激しい心情の吐露はない。

これもまたダルデンヌらしいなと思う。

ボクは、『ロルナの祈り』を、あまり好まず、そこからさかのぼって、『ロゼッタ』や『ある子供』を考えると、何か、空しさを覚えてしまった。

その空しさを探ってみたくて、読んでいる。

×  ×  ×

昼は、お台場で、Kさんと打ち合わせ。

一旦帰って、夜に赤坂見附に出て、UST。

タカハタ秀太さんの番組。

タクシーで帰る。

家に辿りついた途端に、疲れ果てて、寝る。

こんなことも、滅多にない。

結局、七夕の夜は?

2010年7月7日水曜日

2010/07/06

午前中からヤボ用で、豊洲へ。

ミートソースのパスタとビールで昼食。

パスタ、半分以上残す。

午後から打ち合わせ。

終わって、Sと会う。

うどん少しといなりずし。今日は朝、夜、深夜と玉子三個食べる。

2010/07/05

北上荘出る。

苫小牧イオンへ。

タリーズカフェで、コーヒーフロート。

ここではまだ『春との旅』やってるな。

千歳で車返して、空港へ。

12時30分の飛行機で、東京へ。

2010/07/04

増毛を出て、苫小牧市勇払へ。

沼の端で、昼食。

冷麺。

久しぶりで、凄く美味い。

北上荘へ。

風呂入る。

夕飯では、おじいちゃん、おばあちゃんと話す。

食堂に戻って、女将さんとご主人とで、少し飲む。

苫小牧の東、苫東で、映画の撮影が、あるとか。

何億もかけて、オープンセットを作っているという。

時代劇。

公開されたら、ぜひ観てみたいものだ。

2010/07/03

12時の飛行機で、千歳へ。

レンタカーを借りて、増毛へ。

ホテルにチェックインして、着替えて、南の通夜へ。

文化センターで大々的にやっている。

顔も見ること出来ず。家族とも会えず。

ホテルに戻り、夕飯。

ペスカトーレとビール。

部屋でも、引き続き飲むが、疲れて早々に眠る。

ウインブルドン決勝、観れず。

2010/07/02

病院へ。

本当は来週だったのだが、都合が悪くなり、飛び込みで、受診。

また、残念ですと言われる。

終わって、ビール。

パスタ少々。

タクシーでの往復は、金が嵩むなあ。

2010年7月3日土曜日

ミュンヘン映画祭に出席して

去年、釜山の映画祭で、ラスパルマスの映画祭のプログラミングの人と、ミュンヘン映画祭のプログラミングの人に会った。

二人とも、『白夜』を観てくれた。

ラスパルマス映画祭からはその後、『ワカラナイ』と『白夜』の二本が上映されることになった。

確か『白夜』は、コンペだったように思う。

体調が悪く、招待はあったもののエコノミークラスでの長旅はとても疲れるので、ビジネスならばと返事をしたのだが、予算があるわけがない。

それで参加は見送ることになった。

ミュンヘンも同様で、随分と迷った。

ボクの体は、自分で思うほど健康体ではないようで、渡欧する前に医者から、エコノミー症候群にかかる可能性が高いと言われた。

まさに命がけだ。

それで随分と迷ったが、結局、行くことにした。

向こうでお客さんと話をするのは、監督しては無上の喜びだからだ。



ミュンヘン映画祭は、ベルリンに次ぐドイツでは大きな規模の映画祭らしい。

シネコンがメイン会場で、町のあちこちの映画館で映画が上映される。

お客さんも、ほとんどが満員で、人気の映画祭だ。

しかし、どこの映画祭も同様で、10年前と比べると対応は悪い。

以前ならば、完璧と言えるような対応に、心安らぐ気持ちになることもあったが、今ではカンヌであっても、劣化している。

それは多分、世界同時不況の影響と、新世代が映画祭を運営しているからに違いない。

とにかく気がきかない。

ゲストの方がよほど気を使ってるようだ。

映画祭の特にアテンドは、ボランティアが多い。

普段仕事に就いている人もいるが、何もしてない人もいる。

映画の勉強をしている人もいる。

だから大体、ゲストがその人の分の飲み食いを持つことになる。

案内してくれて一日中付き合ってくれるのだから、それぐらいはどうということはないのだが、映画祭期間中の滞在となると、馬鹿にならない。

映画祭主催のパーティーなどもあるが、ボクはあまりそういうところに出席するのは苦手な方なので、行くことは滅多にない。

アテンドひとり行かせてボクはホテルで、カップラーメンなんかを食べたり、中華かイタリアの店に行き、ひとりで晩御飯をとる。

アテンドの人に一日中はりつかれていると息が詰まる。

だから、ひとりでとる夕食は、なかなか解放感があっていいものだ。

ミュンヘンでも、そんな夜が一日だけあった。

後は、ほとんど 人と一緒だ。

特に今回は、滞在期間も短かかったので、このような結果になった。

一時、二時まで飲んだこともあった。

楽しいと言うよりも、疲れた。

もうそんな歳ではないことを実感した。

二度とご免だなとホテルに戻って、後悔した。

疲れ果てて、眠くて仕方ないのに、そういう時に限って、脚が攣る。

それで、眠い目をこすり立ちあがり、ホテルの部屋をうろうろする。

辛いなんてもんじゃない。

翌日はもうぐったりしていて、何もする気が起きない。

それでも、『白夜』は比較的好評で、嬉しかった。

ミュンヘンの人はなかなか発言しない。日本人のようだ。

だから、映画祭の人と、会話した。

みんな熱心に聞いてくれた。

そうすると気分も良くなり、また深酒。

深夜に脚が攣るの繰り返しだ。

ボクの脚がこう頻繁に攣るのは、糖尿から来ているらしい。腎臓からもきていると医者は言う。

突然、折れそうに攣る脚の痛みからは、一生解放されることはないのだろうと思う。

なんとか折り合いを付けて行くほかはない。

帰路、韓国の監督と空港までのリムジンが一緒だったので、話した。

「ミュンヘン映画祭はどうでした?」

と訊くので、

「悪くはない」

と答えた。

「良くもないが、悪くもない」

それが正直なボクの感想だ。

映画を掛けてもらってこんなことを言うのも何だが、映画への敬意がなくなって久しい。

監督だけに限らず、作り手への敬意が、本当に薄らいでいる。

この傾向は更に続くだろう。

誰もが映画を作れるようになったことは本当に素晴らしいことだが、今、ボクは、心地いい諦念を抱いている。

帰国の飛行機の中で、ボクは、めまいのようなものに襲われた。

ボクはどこから来てどこへ行くのか?

映画はどこから来てどこへ行くのか?

判っているのはただひとつ、映画とボクは、永遠に片想いの関係だということだ。

どんなに思いを伝えても、映画は近付いてきてはくれない。

「錯覚だよ、錯覚」

おまえは、錯覚してるだけなんだよ。

そう映画がボクに言ってるような気がする。

いや、それまでもボクは再三、そんな忠告を受けていたのだ。

それに聞く耳を持たなかっただけだ。

それほどまでに、ボクは、楽天家だということだろう。

2010/06/21

『ロルナの祈り』観る。

実は一度に全部、観られず、昨日と今日とで観た。

しんどい話だ。

ラストは、もう一工夫あった方が良かったのではないかと思ったが、判らない。

しばらく引きずることになりそうだ。

今朝もデリーのカレー。

美味しい。

2010/06/20

デリーのカレー、久しぶりに食べる。

美味しい。

ワールドカップ、イタリア、コートジボワール戦観る。

2010/06/19

ワールドカップ、日本戦を観戦するためだけにあるような一日。

午後8時30分の試合開始までも、それからも。

2017年の事、そして、18年に向けて、

一昨年に撮影、完成した「海辺のリア」の公開が、6月となり、(これは、完成する前から決まっていたのですが)それまでは、新作のことも考えずに、ただ漫然と公開を待つ日々を送っていました。 映画が完成してしまい、初号試写が終わってしまうと、奇妙な空気が漂い始めます。 何かを始めように...