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2010/04/29

朝から、息子の友達が来て、大騒ぎ。

ボクは、じっとテレビを見たり、本を読んだり。

あまりにうるさいので、夕方、子供たちを怒鳴りつける。

シンと静まる。

効き目あり。

凄いものだ。

でも、後味悪く、夕飯食べて、しばらくして寝る。

ああ、その前に、風呂に入ったな。

2010/04/27

「名人」読了。

その前に「圓生の録音室」読む。

こちらの方がボクには面白かった。

読んでいて、圓生という人のことがようやくわかって来たようだ。

金に細かいところとか、偏屈で、意固地なところなんか、親父に似てるな。

圓生が大阪生まれだということも、初めて知った。

先代の圓生の連れ子で、先代は義父ということになるのも、知らなかった。

「ぞろっぺい」という言葉も、久しぶりに読んだ。とにかくいろんなことを思い出す本だった。

素晴らしい。

×  ×  ×

ボクは子供の頃、叔父さんと一緒に暮らしていて、その叔父さんが浪曲と落語が好きだったので、主にラジオから流れるそれらを聴いて育った。

もちろん、叔父さんが好きだったのは、浪曲では広沢寅蔵の「清水次郎長」。天狗道場と言う素人の浪花節語りが出てきて、広沢寅蔵が評価を下すのだけど、そのどら声には、思いがけず優しさが感じられて、聴いているうちに寝入ってしまった。

落語は色々と聴いていたみたいだが、好きだったのは三遊亭圓生。圓生の人情噺を聴いていて、何度か涙を浮かべているのを目にした。それでボクは、必然的に、「清水の次郎長」と圓生落語、人情噺が好きになっていった。

とは言え、若いころは、あまり聴かなかったが、最近、しきりと聴くようになった。「圓生の録音室」を読んだのもそんな理由からだ。続けて、「名人」を読んだ。

でも、「名人」には、圓生の名前はあまり出て来ない。出て来るのは副題が示す通り、志ん生と志ん朝の親子のことだ。

ボクはなぜか、あまり志ん生が好きではなかった。何だかひどく聴きとりにくく、今思えば色気のある話ばかりのような気がして、子供だったボクにはわからなかったんだろう。その点、志ん朝の落語はテンポが速く、歯切れもいいので聴きやすかった。

「落語は圓生か志ん朝だな」

とボクは思っていた。

それは今も変わらない。

今はとりあえず、圓生の落語を聴き直そうと色々とCDとかDVDを集めている。

近いところで時間を作って、じっくりと聴いていくつもりだ。

シナリオの勉強をしている人には、落語は必須だ。真似をするんじゃなくて、体に沁み込ませるといい。話し言葉の洗練された形が落語にはあるようだ。

×  ×  ×

医者に行く。

一昨日も医者に行ったので、飛び石で行ったことになる。

雨だったので、嫌だったが、薬も切れたので、仕方なく行くことにした。

2010/04/25

ずっと思っていたことだけど、勝手に始めた『座頭市』が、今度は勝手に終わってしまう。

迷惑な話だ。

勝新の十八番を、北野武監督が蘇らせたのはいいとしても、女版とか今度の最後の~のようなものは、どうも納得がいかない。

×  ×  ×

天気が良いので、外に出ようと思っているが、出られるかな…。

×  ×  ×

廊下で、子供たちが走り回ってる。

この団地も、子供たちがどんどん増えて来た。

2010/04/24

「円生の録音室」読む。

久しぶりに読んだ面白い本。

続けて、「名人」読んでいるが、こちらの方は、どうも。

家族で、『アバター』観賞。

劇場で、3Dで観たが、DVDで観てもあまり変わらない。

嫌いな人もいるみたいだけど、ボクは好きだ。

キャメロンは、昔から好きなのだ!

これはどうしようもない。

×  ×  ×

LDとビデオでは持っていたのだけれど、DVDでは持っていないようなので、先日、『フレンチコネクション』を買った。『2』は持っていたので、まとめて観ようと思っていたら、今度は、『2』が見当たらない。

「んー、困ったな」

と、あちこち探すが、見つからない。

まとめて観るのが目的だったので、『フレンチコネクション』だけでは何にもならない。

だから、見つかるまでもう少し待つことにした。

一度観たがもう永久に観ないだろうDVDが山のようにある。片方で、以前映画館やビデオで観たものでボクの大事な映画は、DVDでは持っていない。いや、持っているのかも知れないが見当たらないか、忘れている。

だから、店に行って、割引とかしてると買ってしまうのだ。

でも、もうそういうことはしないようにしようと思っている。

×  ×  ×

アイデア、いくつか出て来る。

どれも皆、昔のアイデアで、思い出したもの。

全く新しいアイデアなんてもうきっと生まれないのかも知れない。

そう思うと、辛くなる。

悲しくなる。

しかしだ。

逆のことを言えば、30代、バリバリ台本を書いていた時も、同じことを思ったようだ。

アイデアというのは、過去から生まれるものなのかも知れない。

書きながら、そんなことに気づく。

×  ×  ×

『アバター』の音楽は、『タイタニック』と似てるな。

時間を置いて、『タイタニック』と見比べてみよう。

×  ×  ×

そう言えば昨日は、『カールじいさん~』を観たんだった。

始まりは感涙ものだったけれど、観ているうちに、飽きて来た。

CGで、人間を取り上げるのはやはり難しいかな。

かつてのヒーローが別人のようになってしまっているのは、いただけなかった。

むしろ、あの男と手を組んで、何かを成し遂げる話に出来なかったのか?

シナリオの段階でもう少し揉んだ方がよかったようだ。いや、プロットか?

大きな嘘は良いが、小さな嘘が多すぎる。

残念だ。

この映画、英語のタイトルは、『UP』と言うらしい。

こ…

2010/04/22

雨のようだ。

雨の日は、憂鬱になる。気圧の問題で気にすることはないのだが、憂鬱は憂鬱。

×  ×  ×

豊洲で、人と会う。

空しい。

2010/04/21

仲代先生との対談。

無名塾へ。

早めに出たので、時間調整で、久しぶりに「デニーズ」に入る。

食事をして出たのだけれど、また、食事。

ミートスパゲティーを食べた。

何だかやたらおいしかった。

驚いた。

無名塾では「友達」の公演のための稽古が行われているらしく若い人たちが出入りしていた。

仲代先生と対談始まる。

とは言え、キネマ旬報なので知らない仲でもないので、気楽に話す。

本の話が少し出て、仲代先生が読んでくれたようで、

「あれ、奥さんの話でしょ」

と言われて、戸惑う。

「違いますよ」

と否定したが、言われてみると…とその事に気が行ってしまって、しばらく話に入れずにいた。

「いや、きっとそうだ」

と先生は嬉しそうに笑っている。

ボクは、照れてしまった。

参った。

対談は、先生のお話を拝聴するといった感じで進んだが、ボクも訊かれると、ベラベラ喋っていたようだ。

少し反省する。

帰宅して、宅配の寿司食べる。

息子、生意気にカニちらしなど食べている。

アボガドを山のようにのせて、スプーンで頬ばっている。

眺めて、呆れる。

「ちらし寿司」をスプーンかよと言おうとしたら、奥さんまでスプーンだ。

絶句して、何も言えなくなってしまった。

箸の持ち方どころの話ではないな。

ああ、俺は、とうとう小言じじいと化したかと暗澹たる気持ち。

早々に寝たが、深夜に目覚める。

ようやくビール。

呑みながら、メモ。

もちろん映画の企画メモ。

つらつらストーリーを書いたりしているとふと目に留まった文庫本を手に取り読み始めたら、面白くて、止まらなくなってしまった。

とは言え、もう五時だ。少し、寝よう。

2010/04/19

昨日は日曜日だったので、夜は外食。

近くのイタリアンへ行く。

ワインを呑んで、パスタやらピザやら、チキンやらを食べて帰ったら、床にぶっ倒れて眠ってしまった。

だから夜中に目が覚めて、それからが眠れない。

それでもしばらく横になって、あれこれ考えた。

しかし、こういう時は、頭は疲れているようで、何もまとまらない。

まとめようという気もない。

ので、起きだして、読書。

夢枕獏の小説は初めて。

山岳小説なので読んでいるが、今度は別のも読んでみよう。

朝ごはん食べたら、途端、睡魔に襲われた。

息子を送り出してから、ひと眠りする。

2010/04/18

『夫婦善哉』を観た。

画面で今は亡き森繁久弥さんと久しぶりに再会した。

相変わらず、嫌な男の役を徹底して演じている。

これがもし森雅之だったらどうなっていただろうか? と考えた。嫌な男には変わりはないが、愛嬌が出て来たように思うが、それが良いことなのかどうかはわからない。淡島さんはとても美しく、吸い寄せられるような感じ。小津映画の淡島さんもいいが、豊田映画の淡島さんもいいな。

しかし、この映画、もう何十年も前に観た記憶があるが、どこで観たのかは覚えていない。法善寺近くの「めおとぜんざい」で、お汁粉を食べるシーンで、終わっていたと思ったけど、そうではなかったことに、今日気付いた。

映画は観た人の都合のいいように編集されていくものだ。

思い出の中では、映画にないシーンが現れてしまうこともある。不思議だ。

感動した映画を再見して、「何だ、これは…」と首を傾げることもある。

山のようにDVDを持ってはいるが、何度も繰り返し見る映画は、そうはない。思い出だけに生きているわけではないが、年々、新作を観るのが苦痛だ。いけない、いけない、努力せねば。

2010/04/17

一週間ほど、ブログを書けなかった。

一週間の間に何が起こったのか、今思い出そうとしてもなかなか思い出せない。

思い出そうとすること自体、無意味(それほどたいしたことはしていないので)なので、思い出した事だけを書いておく。

しかし、こうやって思い出す努力をしないと何も思い出せなくなっていくんだな。

×  ×  ×

この間に、広島、大阪、奈良に行った。

映画『春との旅』のキャンペーン。

キャンペーンというのに初めて参加したが、面白いものではない。行く先々で、上映会があり、お客さんと話すのを楽しみにしていたが、宣伝はそんなことはどうでもいいようで、舞台あいさつを記事にしてもらうだけが目的だ。もちろんそれはそれでわからないことはないが、作り手としては、今そこにいるお客さんの方が大事だ。たとえ応募で来たお客さんであったとしてもだ。観たお客さんを大切にすべきだとボクは思う。

大阪で、仲代さんとえりちゃんと合流。

外国ではこういうプロモーションをやってるんだろうか? お客さんとの対話もなく、マスコミの取材に明け暮れるようなことをやっているんだろうか? 随分前に、周防さんの本を読んだことがあるけれど、そんなことはなかったような気がする。でも、プロモーションは映画祭ではないわけだし、これでいいのかも知れない。

わからないが、口コミの方が媒体に出るより、遥かに大事なことのように思う。

日本の映画宣伝の在り方も少しは考えないといけないな。

そんなことを思う。

いけないいけない、またマイナス思考だ。

だから、閑話休題。

「春との旅」と題した小説が15日に売り出された。

去年の10月から書きだした小説で、執筆に半年も掛かっている。でも、メモを取り出したのは、10年ぐらい前だ。つまり、シナリオを書く前からだ。

書く際、なるべく映像にしにくいように書いた。つまり脚色しにくいようにだ。その試みは、半ばうまくいったように思うけど、半ば失敗した。もっともっと長くしたかったが、編集者の意見もあって随分と切った。締め切りがなかったら、書きださなかっただろうけど、締め切りを延ばしても、更に長くすべきだった。この話を書くのは一回こっきり。二度はないからだ。

思う存分書き残せばいいと思う。

いつか、映画にならない本を書いてみたいと思う。でも、いつになることやら。ま、当分は考えないことにしよう。

×  ×  ×

2010/04/10

仙台から戻る。

小説『春との旅』の見本が届いている。

小説は随分以前に書いたことがあったが、ハードカバーは初めて。

なかなか良い感じ。

ぱらぱらとめくり、字面を追っていくが、メガネを替えないと読めないので、側に置いて眺めるだけにした。

札幌、仙台と回って、疲れ果てた。

風呂に入ってから、スパークリングワイン呑む。

これで眠れるな。

2010/04/05

『愛の予感 パートⅡ』のことを、もう少し、煮詰めて行こう。原稿用紙にメモ書きするのだが、これがいつしかノートになる。そうなると、もう、先に進まなくなるので、原稿用紙のまま続けようと思うが、まとまらない。

本当はいきなり台本がいいのだが、今週は予定が沢山あって、集中できないので、メモ書きだけを続けていくのがいいだろう。

×  ×  ×

外は、雨の様子。

宅配ボックスを見に行ったついでに、外を眺める。

しとしと降ってる。

冷たい雨だ。

今日は息子の春休み最後の日なので、外食をしようと考えているが迷うところ。

2010/04/04

一日、仕事部屋に籠る。

ああでもない、こうでもないと、考えを巡らす。

不意に、『愛の予感』のことを思い出し、パートⅡを考える。

漱石の「それから」を下敷きにしたもので、随分前から考えていたストーリーだということに気づく。

過去に傷を持つ男と女が、人里離れた小屋で暮らしている。

ほとんど自給自足の生活をしている。

ふたりは、ほとんど何も言葉を交わさない。

そのふたりのもとに、ふたりの平和? を破る使者が訪れる。

同級生を殺した女の娘が鑑別所から出て来たのだ。

ふたりは急速に破たんしていく。

心中する、のか?

おおざっぱにはここまで。

火照る頭を冷ますべく、休む。

×  ×  ×

夕飯を食べて、また、仕事部屋。

ビールを呑んで、また考える。

×  ×  ×

アマゾンから、何冊かの山岳小説など、届く。

山岳小説は、新田次郎氏のものしかあまり読んだことがないのだが、いろいろとパソコンで検索しているうちに、ガストン・レビュファという登山家の名前と再会した。

まだ20代前半の頃、この人の書く冒険ものを読んだ覚えがあり、何だか、とても懐かしい人と出会った気分。

この人は映画も作っているようで、この映画も昔見た覚えがある。

『天と地の間に』だった。中身はまったく覚えていない。

あの時、どんな本を読んだかすでに忘れているので、改めて彼の著作は今も翻訳が刊行されているようなので、読んでみようと思っている。

×  ×  ×

昔、読んだ本でいまだに思い出すのは、「呪われた極北の島」という題名の本で、マンモスの墓場を探す冒険もの。

前に書いたかも知れないが、これを狭い四畳半で読んでいて、怖くなって、布団をかぶって、スタンドの灯りで読み続け、朝になっていたことを、今でも思い出す。

随分以前、この本のことが気になり、ネットで調べてみたが、本も絶版となっていて、映画化もされたようだが、随分昔の話で、観ることは出来そうもない。

何年、何十年経っても、記憶の底に残っている本というものがあるものだ。

そして、「これを映画にしたい!」と思うものも沢山ある。

実現できるのは、そのほんの僅かということを、改めて認識した。

2010/04/03

今朝、東京に戻った。

戻りたくなくて、散々ごねたが、ついに夜になって帰路につく。

別に、Kがいいというわけではないのだけど、東京は今のボクにはしんどい。

とにかく、辛い。

明け方に寝て、昼ごろ起きて、食事。

また寝て、夜に夕飯のカレーライスを食べて、また寝た。

だから、今は、4日の深夜。

ああ、しんどい。

息してるだけでしんどい。

無理を押して、書く。

×  ×  ×

Kを出る前に観ていた映画を思い出す。

そう、二本続けて観たんだった。

一本は、『セブン・アップス』。

『ブリット』や『フレンチコネクション』のプロデューサーが撮った映画だが、台本のひどさに驚く。

よくこんな台本で映画を撮る気になったものだ。

アクションシーンはそれなりに観られるが、中身が薄いので、ただの絵空事のように思えてします。

この人は、これ一本きりで監督はしないのだろうか? それとも何本か作っているのか? あまり観たいとは思わないが。

唯一この映画を観て良かった点は、アクション映画に、改めて関心をもったこと。

続けて、『バットマン ビギンズ』を観る。

ずっと観ようと思っていたが、なかなか機会がなくて観られなかった。

とうとうDVDの封を破り、観たのだが、どうもボクはこのシリーズの印象が悪く、乗り切れずに観ていた。

随分醒めた見方だ。

そのせいもあって、まったく入りこめない。

『ダークナイツ』を観たときは、このシリーズを生き返らせたと思えるほどに、エネルギーに満ち溢れていたのだが、ノーラン監督としては、このシリーズの参入、一本目ということもあるんだろう。遠慮している気がした。

それでも、後半になるとドライブがかかってきて、彼独特の悲観的世界観が前面に出て来て、いい感じになってきたが、そこまでで終わってしまった。

この続きが、『ダークナイツ』ということか…。

もう一度、『ダークナイツ』を観ようと思ったが、いつのことか。

Kにいる間に、何本か映画を観たが、刺激になるような映画はなかった。唯一、『こわれゆく女』には改めて興味を持ったが、今となってはどこか人ごとだ。

『アメリカ~』は素晴らしいが、収まりの良さが気になる。

既にヴェンダースは完成された人なんだろう。

こういう人は、残された人生で、何を描いて行くんだろう。

そのことばかりが気になった。

それでも、この映画と出会えた幸せは、忘れてはならない。