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『春との旅』シナリオ第一稿

『春との旅』シナリオ(第一稿)








登場人物





中井 忠男

中井  春

金本 重男

金本 恵子

木下 六助

清水 愛子

市山 茂子

中井 道男

中井 明子

津田 伸子

津田 真一


その他








□ 黒地に、

クレジットタイトル。



□ 中井家・表

バン! と、戸を開けて、出て来る、忠男。

何十年前に買ったのかにオーバーを着、革靴履いている。

忠男「…」

憮然とした顔で、片足を引きずりながら、歩いて行く。

遅れて、春、出て来る。

道を行く、忠男を見やり、戸を閉めると、鍵をかける。

春「…」

衣類などの入ったバッグを肩に、忠男を追って、小走りに行く。



□ 朽ち果てた番屋の前を、

来る、忠男。

立ち止まり、見詰める。

忠男「…」

じっと、見詰めている。

来る、春。

春「…」

忠男の後姿を見詰め、立ち止まる。

そして、唇、噛む。

春「…」

やがて、忠男に近付く。

春「…」

忠男の腕を引こうとする。

しかし、忠男、春の伸ばした腕を振り払い、歩き出す。

ずんずんと行く。

春「…」

見送り、やがて、後を追う。

二人は、何か、諍いを起こしたようなのだ。

忠男「…」

ずんずんと行く。



□ 港

忠男と春の姿がある。



□ 海沿いのバス停

バスを待っている、忠男と春。

春「…」

忠男「…」

お互い、知らん振りをしている。



□ 沿岸の道を走るバス・その車内

バスに揺られている忠男。

忠男「…」

窓から海を眺めている。

斜め後ろの席に、春がいる。

春「…」

忠男「…」

春「…」

忠男を、見詰めている。



□ 増毛駅前

バスが来て、止まる。

降り立つ忠男と春。

二人、駅の待合室へと向う。



□ 増毛駅・待合室

忠男がベンチに腰を下ろして電車を待っている。

春は、壁の時刻表をじっと眺めている。

二人は、全く、言葉を交わすこともない。

忠男「…」

春「…」



□ ホーム

まだ来ない電車を、待っている、忠男。

忠男「…」



□ 待合室

外の忠男を、窓越しに見ている、春。

辛い表情だ。

春「…」



□ 車内

ガランとした車両の一隅に、腰を下ろしている忠男。

離れた場所に腰を下ろしている、春。

やがて、春、席を立ち、忠男の隣に腰を下ろす。

忠男「…」

春「…」

忠男、知らん顔で、窓の外を眺めている。



□ 車内

タイトル『留萌本線』。

忠男「…」

ぼんやりといる。

バッグから文庫本を取り出す、春。

春「…」

読んでいるのかいないのか。

忠男「…」

横目で、春の読んでいる本に目を落とす。

そして、忠男、春の横顔を見る。

忠男「…」

ある思いで見詰めている。



□ 札幌へと向う車内

タイトル『函館本線』。

乗っている、忠男と春。

二人、並んで腰を下ろしている。

春、また、文庫本、読んでいる。

忠男「…」

目を閉じている。



□ 夜行列車・車内

タイトル『室蘭本線』。

乗っている、忠男と春。

春、また、文庫本読んでいる。

忠男、目を閉じている。

×  ×  ×

二人、眠っている。

互いの肩に、頭を委ねている。

×  ×  ×

青函トンネルを抜けて、早朝の町を走る車内の忠男と春。



□ 八戸へと向う車内

タイトル『東北本線』。

握り飯食べている忠男と春。

ペットボトルの茶を飲んでいる。



□ 八戸駅

降りる、忠男と春。

新幹線へと乗り換える。



□ 新幹線のホーム

ホームの椅子に腰を下ろして、新幹線を待っている、忠男と春。

やがて、新幹線が入線してくる。



□ 新幹線の車内

タイトル『東北新幹線』。

自由席にいる忠男と春。



□ 一ノ関駅

新幹線が、止まる。

降り立つ、忠男と春。

一方へと向い、階段を降りて行く。



□ 大船渡線ホーム

電車を待っている、忠男と春。

忠男「…」

春「…」

二人、疲れ果てた表情で、離れた場所にいる。



□ 車内

乗っている、忠男と春。

また、眠っている、忠男と春。



□ 鹿折唐桑駅

電車が来る。

降り立つ、忠男と春。

忠男「…」

春「…」



□ 黒地に、

メインタイトル。

『春との旅』



□ 駅前

駅舎から出て来る、忠男と春。

忠男「…」

立ち止まり、駅前の道をぼんやりと見つめている。

春「…」

そんな忠男を見詰めている。

忠男「…」

やがて、歩き出す。

春「おじいちゃん」

忠男「…」

春「私、悪いこと言ったって思ってる。おじいちゃん傷つけるようなこと」

忠男「…」

春「だから、やめない? このまま帰ろう?」

忠男「…馬鹿言うんじゃねえ」

と、睨む。

春「…」

忠男「お前が言い出したことじゃねえか。俺は、従ってるだけだ」

春「だから、その事は」

忠男「もういい!」

歩いて行く。

春「…」

シュンとなりついていく、春。



□ 金本家・表

忠男と春、居る。

春「凄い、立派な家」

忠男「立派なのは、家だけ」

春「…」

忠男、中に入って行く。



□ 金本家・応接室

忠男と、忠男の兄、金本重男が居る。

春が忠男の隣に坐っている。

忠男と重男は、向かい合い、押し黙っている。

重男の妻、恵子が、茶など盆に乗せて、入ってくる。

恵子「まあまあ、何だか、シンとしちゃって、お通夜みたいじゃない」

重男「…」

恵子「…」

春「お久し振りです」

恵子「ほんとにねえ。お母さん、あんなことになっちゃって…」

重男「余計なこと言うな」

恵子「はい」

重男「な、春」

春「はい」

重男「母さんのことは、忘れろ」

春「…」

重男「…自分から命を絶つような女、俺は許せらんねえ」

春「…」

重男「どんな事情があったにしてもだ。俺は許せらんねえ」

間。

忠男「義姉さん」

恵子「はい?」

忠男「この人、何言ってんだ?」

恵子「?」

忠男「人んちの事を許すの許さねえだのって、何言ってんだ? この人」

重男「春の母さんは、俺の姪っ子じゃねえかよ」

忠男「姪っ子でも、ひとんちの事は、ひとんちの事だべ」

重男「…」

忠男「違うか?」

重男「お前の、そのなんとも偏屈な性格な。そりゃあ、直さないと…」

忠男「もう手遅れだ」

重男「…」

忠男「…」

重男「ところで、忠男。お前、何しに来たんだ、この家」

忠男「…」

重男「何しに来たんだよ」

忠男「…頼みがあって来た」

重男「金か」

忠男「金じゃない」

重男「じゃあ何だ」

忠男「…」

答えない忠男に代わって、

春「おじいちゃん、突然、みんなの顔が見たいって…ただ、それだけなの。そうよね、おじいちゃん」

忠男「いやいや、そんなことじゃねえ」

春「…」

忠男「俺は用があって、この家、訪ねてきたんだ」

春「…」

忠男「春。席外してくれ」

春「おじいちゃん」

忠男「いいから! …義姉さんも、済みません」

恵子「じゃ、春ちゃん、向う行きましょ」

春「おじいちゃん。やめよ? もうやめよ!」

忠男「早く、行け!」

春「…」

で、恵子に導かれて、春、部屋を出て行く。

重男と忠男の二人になる。

重男「…」

忠男「…」

向い合っている。



□ 居間

来る、恵子と春。

恵子「ね、何があったの?」

春「わたしが悪いんです。あんなこと言ったから」

恵子「あんな事?」

春「…」

シュンとなる。



□ 応接間

忠男「さっき、拝見させてもらったけどな。便所の隣に、物置、あるだろ…あそこでいいからさ。俺を置かして欲しいんだ」

重男「?」

忠男「春が給食の仕事してる小学校な…あそこが、廃校になってな…それでな? 春は、これを機会に東京に出たいって言ってる。となると、俺は、一人になっちまうってことだ。ひとりじゃ、俺は、生きらんねえ」

重男「だから、ニシンなんか、やめろって言ったじゃねえか。大漁の夢を、何十年見てりゃ気が済むんだよ!」

忠男「そのニシンのお陰で、親父は、家の借金を返せたんだ」

重男「それも、何十年も前の話だ」

忠男「…なのに、簡単に売り払いやがって」

重男「住む人間がいないもん、残してたって仕方ないだろ」

忠男「…」

重男「あの時だって、言ったろ。ニシンはやめて、あの家で暮らせって…こっちに住んでりゃ、どうにでもなったんだ」

忠男「俺は、ニシンに、恩義があるんだよ。俺たち家族を食わせてもらった」

重男「…」

忠男「たかが、魚だけどな…どんなに不漁になっても、俺は、やめるわけにはいかなかったんだ…」

重男「…」

忠男「無理は承知で頼みに来た。昔から、あんたとは反りが合わなかったけどな…背に腹はかえらんねえ。俺を養ってくれ」

重男「それが、人にものを頼む口の利き方か? 仮にもお前、俺は兄貴だぞ?」

忠男「兄貴であっても、同じ人間だと思ってる。対等の人間として接したい」

重男「…」

呆れて、ため息ついている。

忠男「…」

重男「ま、第一な、あの部屋に人は、住めねえ。窓だって、ないしな」

忠男「窓なんて、なくったって、一向に構わない」

重男「お前は構わないとしてだ。世間の手前ってもんがある」

忠男「…」

重男「そりゃあ、俺は、仕事、息子に継がせて、引退した身だ? しかしな、まだまだ社会生活を捨てたわけじゃない。毎日毎日、この家出入りする人間、沢山居るんだ。いくらロクでもない弟だからって、実の弟を、物置に住まわせてるなんて噂が広まったら、俺の沽券に関わるからな」

忠男「…沽券」

重男「ああそうだ。沽券だ」

忠男「長男のくせに婿養子に出て、沽券もへったくれもありゃしないだろ」

重男「何だと?」

忠男「…」

間。

茶、飲んで、

重男「しかし、何だってお前、俺に白羽の矢を立てたんだよ。お前と一番、反りの合わなかった俺にさ」

忠男「駄目そうなところから当ってみようと思ったんだ」

重男「何だ? その言い草は」



□ 居間で、

春と恵子。

春の話を聞いて、

恵子「そうだったの…」

春「わたしが悪いんです! みんなわたしが悪いんです!」

恵子「…」

忠男の声「おい、春。春!」

恵子「呼んでるわよ、おじいちゃん」

春「はい!」

と、答えて、行く。



□ 応接室

ドア、開けて入って来る、春。

立っている、忠男。

忠男「行くぞ」

春「…」

重男「とにかく今日は泊まって行け」

忠男「こんなところ、居られるか…」

と、よろけながら、出て行こうとする。

春「おじいちゃん」

と、支える。

その腕を振り払って、出て行く、忠男。

春「…」



□ 表

出て来る、忠男と春。

玄関から、重男の声。

重男「忠男」

忠男「?」

重男、出て来る。

重男「仙台の道男のとこ、行け。あいつは羽振りいいしな。お前、一人ぐらい、なんとかしてくれるだろ」

無視して、

忠男「行くぞ」

と、歩き出す。

忠男「…」

恵子、出て来る。

重男「…この秋から、ホーム行きだ」

忠男「…」

立ち止まる。

重男「ようやく空きが出てな…女房と一緒だ」

忠男「…」

重男「俺には、何を言う権利もないんだよ…息子夫婦に黙って従うしかないんだ」

忠男「…」

振り返って、重男を見る。

頭、下げている恵子。

重男、涙に暮れている。

忠男「…バカ野郎…」

春「…」

恵子に一礼する。



□ ある民宿

外観――。



□ 一室

夕飯の膳が並んでいる。

お銚子が二本。

浴衣姿の忠男、その一本をコップに注いで、一気に呑む。

グイグイと呑んで、

「あー」

と、声を漏らす。

忠男「うめぇー」

たて続けに、もう一本も、コップに注ぐ。



□ 風呂

狭い湯に漬かっている、春。

蛍光灯の明かりを眺めている。

春「…」



□ 一室

風呂上りの春、入ってくる。

春「わあーっ、おいしそう!」

と、一方を見ると、忠男が、死んだように横たわっている。

春「?!」

と、駆け寄り、

春「おじいちゃん、大丈夫?! おじいちゃん!!」

やがて、

忠男「…20年ぶりの酒だ。いやぁー、回ったよ」

春「どうして、お酒なんか!!」

忠男「これが呑まずにいられるかってんだ」

春「…」



□ 時間経過

膳に向かっている春と忠男。

春「…反省してる。どうして、あんな事言っちゃったんだろうって…だから、帰ろう?」

忠男「いいや、帰らねえ」

春「…」

忠男「お前の言う通りだ」

春「…」

忠男「いつまでもお前、女郎みてえに囲ってるわけにいかねえよ」

春「…」

忠男「お前のお袋、死んでから、もうすぐ五年だ。お前、五年も、俺の面倒、看てきたんだ。そろそろ潮時だ」

春「…」

忠男「お前は、都会出て、アパート借りて、働け」

春「おじいちゃんは?」

忠男「俺はあれだよ。お前に同行なんか出来るわけないしよ。かと云って、この足じゃ、一人暮らしもままんなんねえ」

春「…」

忠男「だから、お前の言うとおり、兄弟の誰かん処で、居候決め込むさ」

春「…」

忠男「兄貴みてえに、ホームってのも、考えたさ。でも何百人も順番待ちしてる公のには、入れるわけがねえし。かと言って、民間のじゃ、月々の金、払えねえ」

春「…」

忠男「て事は、多少反りが合わなくても、兄弟のところが一番いいかなってよ」

春「駄目だと思う、おじいちゃんは」

忠男「駄目かどうかはやってみなくちゃ判らねえだろ」

春「駄目だと思う」

忠男「だったら俺は、生きて行けねえじゃねえか」

春「わたしが、面倒看るって。東京にも行かない。水産工場と果樹園掛け持ちして働いて…とにかくあの町で仕事見つけて…」

忠男「…」

じっと、春を見る。

忠男「…食うか、飯…とっくに冷えちまってるけどな」

春「おじいちゃん…」

忠男「お前も食え。明日は、墓参り」

春「…」

うつむいている春の鼻先に、茶碗を突き出して、

忠男「ほら、飯!」

春「…」

まだ、うつむいている。



□ 高台の墓地

忠男と春が、先祖代々の墓の前に、いる。

花を、挙げている。

忠男「…」

手を合わせている。

春「…」

も、手を合わせている。

眼下に、唐桑半島が広がっている。

 

□ 欠浜の港

貧相な、港だ。

遠くで、凧揚げしている、子供たちがいる。

大漁旗の凧もある。

埠頭に、忠男と、春が居る。

忠男「…変わっちまったなあ…昔は、遠浅の浜が、ずうーっと向うまであったんだけどなぁー」

春「…」

忠男「俺が生まれた年、この港に、津波が押し寄せてよ…そこにあった、おいらの家、海にさらわれちまった…」

春「…」

忠男「それでも親父、借金して、家、山の方に建てたんだけどな…今度は漁の規制が、厳しくなってきてな…ついに、親父は、陸に上がった」

忠男「…俺がこの町出たのは、16の時だ。北海道で、ニシンが大漁だって噂聞いてな…御殿が何軒も建ってるって言うじゃねえか…だからよ、親父から受け継いだ、猟師の血が、妙に騒いでな…」

春「…」

海を見ている。

忠男「お前にも、そんな漁師の血が少しは、残ってるかも知れないな」

春「わたしに?」

忠男「だから、泳いでみろ。ほれ」

と、押しやる。

忠男「ほれ」

と、更に押しやる。

春「やめてよ。危ないから、やめてよ!」

と、走って、逃げる。

忠男、そんな春を見て、笑ってる。



□ 気仙沼・港近くの移動売店の前

忠男、座っている。

港、眺めている。

一方から、春が来る。

小走りに来る。

忠男、春に気づく。

春、来て、唇を突き出す。

忠男「? どうだった?」

春「…」

首を振る。



□ 海の市内のラーメンコーナー

春が二人分のラーメンを、カウンターで受け取って、テーブルの方へと向う。

そこにいる、忠男。

×  ×  ×

忠男と春が、ラーメン食べている。

忠男「どこ行っちまったのかな、あいつは」

春「もう一度、手帖、見せて」

忠男「うん」

と、皮の手帖、取り出す。

かなり使い込んだ手帖だ。

見て、

春「間違ってないわよね」

忠男「…」

春「アパートに住んでるおじいちゃんに聞いたんだけど、そんな人、いないって云うのよ。何十年もここに住んでるけど、そんな人、会ったことも、聞いた事もないって」

忠男「だって、行男からは、毎年毎年、この住所から年賀状、届いてたじゃないか」

春「だから不思議なのよ」

忠男「これ食ったら、もう一度行ってみるか」

春「無駄だと思う」

忠男「無駄でも、もう一度、行ってみよう」

で、二人、ラーメン食べる。

忠男「うめえな、ここのラーメンは」

春「ほんと」

忠男と春、食べて行く。



□ あるアパート・表

ボロアパートである。

日雇いの人夫などが住んでいるような下層アパートだ。

忠男と春が表札を見て、来る。

忠男「ほんとに中井って名前は、ねえな」

春「…」

離れた場所で、七輪を囲んで、コップ酒を呑んでいる男たちがいる。

中に、木下。

春をみとめて、

木下「また、あんたかい」

忠男、木下、見る。

春「おじいちゃんがどうしても、自分の目で確認したいって云うもんだから」

木下「中井さんなんて人は、ここには住んでいませんよ」

忠男「でもね、毎年、年賀状、よこして来るんだよ」

木下「返事出したら、返ってきたりしませんでした?」

忠男「俺、返事、出さねえから」

木下「筆不精」

忠男「嫌いだからね、字、書くの。あんまり漢字、知らねえしさ」

木下「だったら、俺と同じだ。ずっと、船乗ってたからね。漢字なんて、覚えてる暇、なかったから」

忠男「あんた船乗りだったの」

男1「二年振りに家帰ったら、女房がいなくなってたって、寸法だ」

と、笑う。

木下「余計なこと言うんじゃねえよ」

忠男「へえー、あんたも船乗りだったのかい」

木下「まあな…」

と、呑む。

忠男「しかし、おかしいよなあー。行男の奴、飲み屋の女と一緒になって、ガキ産ませてさ、今じゃ堅気の生活してるって云ってたのにさあ」

木下「いつの話、それ」

忠男「もう二十年も前かなあ」

木下「二十年前に子供が生まれたとなりゃ、今は二十歳って事になりますね」

春「わたしと同級生です。だから、今年、十九」

忠男「そうなのか」

春「母が云ってました」

木下「女の子ですか、その子」

忠男「男」

木下「今年十九の男の子か…そう云えば、清水さんの処、その位の男の子がいたけどな」

忠男「清水」

木下「でも、あそこは、母子家庭ですからね」

忠男「どこなの、清水さんち」

木下「そこ」

忠男「…」



□ 一階の通路

忠男と春、清水の表札のある部屋の前で、待っている。

忠男「…」

春「…」

二人、寒さに身をすくめながら、じっと立っている。



□ 旅館・夜

ポツンと裸電球が灯っているような――。



□ 食堂

殺風景な、食堂に、忠男と春がいる。

夕飯食べている。

忠男「ここはアレだなあ。風呂、ねえんだなあ」

春「あるわよ、お風呂は」

忠男「あるの?」

春「そりゃあ旅館だもの」

忠男「あるんだ」

春「後で、入る?」

忠男「ま、今日はいいかなあ」

春「入ればいいじゃない」

忠男「昨日、入ったしなあ」

春「毎日入るんじゃないの? お風呂」

忠男「ま、そうだけどよ」

と、食べて、

忠男「酒ねえかな」

春「お酒は駄目」

忠男「どうして」

春「足に来るから駄目」

忠男「…」

で、また食べる。

忠男「俺もつまんねえ男になっちまったなあ」

春「…」

忠男「昔はこれでも大酒呑みでよ。女なんか、バンバンはべらしてよ…」

春「それは聞いた」

忠男「あ、そう」

春「何度も聞いた」

忠男「あ、そう」

春「早く食べたら?」

忠男「まだ、食べ始めたばっかりじゃねえか」

春「ほら、またこぼして」

忠男「そうだな。ご飯粒は、大切だからな」

と、手で取って口に放り込む。

春、黙々と食べている。



□ 部屋

狭い部屋。

二人、床に入っている。

線路に近いのか、電車の通過する音が聞こえる。

忠男「な、春」

春「ん?」

と、寝返りを打つ。

忠男「行男ってのはな、末っ子だからよ。親父やお袋に、ほんとに可愛がられてよ。なのに、俺より、タチが悪くてな。中学も碌に出てねえんだよ」

春「おじいちゃん、中学は出たの?」

忠男「俺? 俺は、お前、小学校だよ」

春「…」

なんだと云う顔になる。

忠男「しかし、行男の奴、どこいっちまったのかなあ。いい奴だったんだけどなあ」

春「また、刑務所に入ってるんじゃないの?」

忠男「ま、そうかも知れねえな」

春「…」

忠男「まだまだ死んじゃいねえだろ」

春「死んだら、なんらかの知らせが来ると思う」

忠男「ま、そうだ」

春「…」

春「明日は、大きいおばあちゃんのとこね」

忠男「うん」

春「…」

忠男「姉ちゃん、相変わらず元気なんだろうなあ。いきなり怒鳴りつけらるんじゃねえかな」

と、笑う。

春、忠男を見る。

忠男、まだ笑っている。

間。

不意に、

忠男「な、春」

春「何?」

忠男「明日なんだけどな、電車乗る前に、もう一度、さっきのアパート、行ってみるか」

春「いいけど…」

忠男「清水さんてのが、行男のかみさんじゃないかと思うんだ」

春「…」

忠男「…清水さん、か」

春「…」

忠男「…」



□ アパートの前

そこは、清水の表札のある部屋の前。

忠男と春が立っている。

春「そろそろ、諦めない? 行男おじちゃんのことは」

忠男「…でもな」

春「?」

忠男「あいつとは馬が合ったからな」

春「…」

忠男「…」

辺りを、見回している。



□ 同・時間経過

二人がまだアパートの清水の表札のある玄関前で、立っている。

しかし、清水の姿は、現れない。

忠男「…」

春「…」

黙って、立っている。

一室から、木下出て来る。

階段を下りて来る。

行こうとした木下を見て、

忠男「おい! お前!」

振り返る木下。

木下「?」

忠男「行男だろ? お前、行男だろ?!」

木下「何言って言ってんだ、このジジイ」

と、行く。

忠男「…」

春「…」

不安げに、忠男を見ている。



□ 定食屋

狭い店内は、客でごった返している。

忠男と春が、定食を食べている。

丼飯、かっ込んでいる忠男。

春も、黙々と食べている。

中年の女が茶を注ぎに来る。

清水愛子である。

愛子「ご飯のお替り、無料ですからね。どんどん食べてくださいよ」

忠男「そんなには食えねえよ」

愛子「食べられない事ないでしょう。おかずだって残ってるじゃない」

忠男「これは包んで貰おうと思ってんだ」

春「おじいちゃん!」

愛子「珍しい人だね、お客さん。今時、包んで持って帰ろうなんてお客さん、いないよ?」

忠男「いけないことなの?」

愛子「そうじゃないよ。わたしは良い意味で言ってんの。食べ物のありがたみが判んない人らばっかりだからさ。だから言ってんの」

忠男「だったら、これ中に入れて、握り飯にしてよ。そしたら、一食、浮くからさ」

春「おじいちゃん!」

笑って、

愛子「特別だよ? 特別」

と、忠男のおかずを取って、奥へと向う。

春「おじいちゃん。わたし、恥ずかしいわ」

忠男「恥ずかしい事があるもんか」

と、その時、入ってきた、中年の客が、

「清水さん!」

と、愛子を呼んで、焼き魚定食を注文する。

愛子、「はいよ」等と答えて、厨房に注文の品を告げる。

それを聞いていて、

春「おじいちゃん」

忠男「うん」

と、愛子を見る。

忠男「お前、ちょっと聞いて来い」

春「?」

忠男「中井行男さんの奥さんじゃないですか? って」

春「…」

忠男「早く!」

春「…判った」

と、奥に行く。

忠男「…」

春が愛子に話し掛けているのを見ている。

春の話を聞いた愛子が、戸惑った顔で、忠男の方を見る。

忠男「…」

愛子と目が合い、軽く会釈する。



□ アパートへの道を、

愛子と、忠男、春が歩いて来る。

愛子、自転車を押して、先を行き、春は忠男の腕を掴んで、歩いて行く。



□ アパート・部屋

卓袱台に、忠男と春、向っている。

呆然と行男の写真、眺めている春。

その写真の中の行男は、やはり、木下とそっくりなのだ。

愛子、茶を持って、来る。

愛子「どうぞ」

忠男「やっぱりあんた、行男の奥さんだったんだ」

愛子「奥さんじゃないですよ? 籍、入れた訳じゃないですから」

忠男「内縁の妻って訳」

愛子「まあ」

忠男「で、行男、いつ出て来るの」

愛子「来年か、再来年か。あら嫌だ、忘れちゃった」

と笑う。

忠男「今度は何したんだい、あいつ」

愛子「それが何かしてりゃあまだ諦めもつくんですけどね。あの人、人の罪背負って入ったんですよ」

忠男「人の罪」

愛子「昔、世話になった人だからって…二、三年も入ってりゃ出てこれるだろうって…それが、とんでもない。八年も」

春「してもいない罪背負ってですか?!」

愛子「はい」

忠男「…で、息子さんは」

愛子「今、東京にいます。アパート借りて、予備校に通ってるんです」

春「それじゃ、毎年、おじいちゃんに年賀状書いてたのは」

愛子「それは、わたしです」

忠男「あんただったんだ」

愛子「あの人に、忠男兄貴の所にだけは、年賀状書けって言われてて」

忠男「なるほどな。そういうことだったんだ。あいつには、ほんと、そういうところがあるんだな。律儀と云うか」

愛子「律儀だけで生きて行けりゃ、御の字なんですけどね」

忠男「駄目ですか、律儀だけじゃ」

愛子「あの人が生きて行けるのは、刑務所の中だけなのかも知れない」

忠男「…」

春「…」

愛子「それじゃ済みません。またお店に戻らなくちゃならないんで」

忠男「こちらこそ。突然押しかけて申し訳ない」

春「ありがとうございました」

頭下げる、春。



□ 駅への道

歩いて来る忠男と春。

忠男「みんな色々とあるんだなあ」

春「…」

忠男「しかし、行男は、いい奴だ」

春「そうかしら」

忠男「女に、あいつの良さは、判らねえよ」

と、行く。

春「…」

唇突き出してついて行く。

歩いて行く。



□ 鳴子峡を、

二両編成の列車が行く。



□ 鳴子温泉・ある旅館

その外観――。



□ そのロビー

応接のソファーに、忠男と春が坐っている。

忠男の姉、茂子が来る。

茂子、背筋がピンと伸びて、かくしゃくとしている。

茂子は、この旅館の女将である。

茂子「まあまあ、よく来たわねえ、春ちゃん」

春「大変ご無沙汰してます」

茂子「ほんと。駄目よ、たまには顔出さなくちゃ」

春「はい」

茂子「こんなじいさん、放っておいて」

春「はい」

と、微笑う。

茂子、忠男の向かいに腰を下ろす。

茂子「忠男」

春「ん?」

茂子「ん、じゃないわよ。来るんだったらどうして、電話ぐらいしてこないのよ」

忠男「うん」

茂子「世の中っていうのは、あなた中心で回ってるんじゃないのよ? 色んな人の都合で回ってるの」

忠男「まあ、そうだ」

茂子「まあ、そうだじゃないの」

忠男「判ってる」

茂子「判ってないわよ、あんた。全然判ってない。昔っから判らない人だった」

忠男「そうかなあ」

茂子「ほんと仕様がない人なんだから」

茂子、呆れて笑ってしまう。

茂子「で? 何日、居るつもり?」

忠男「俺は、ずっと」

茂子「何よ、ずっとって」

忠男「死ぬまで姉ちゃんところで、ご厄介になりたいと思っているんだ」

茂子「駄目よ、そんなの」

忠男「どうして」

茂子「どうしてって、あんたここに居て、何が出来るって言うのよ。この家の掟は、働かざるもの食うべからずなんだから。あんた、薪割りでもやるって云うなら、話、別だけど」

忠男「薪割りは出来ねえな。足、悪いから」

茂子「薪は足で割るもんじゃないの。腕と腰で割るもんなの」

忠男「それも出来ねえなあ」

茂子「だったら駄目よ」

忠男「あ、そう」

茂子「あんたは帰って、春ちゃんが残ったらいいわ。春ちゃんだったら何でも出来るし。帳場でも覚えてもらって。そうね。それ、いい考えね。そうしなさいよ。あんたは帰って、春ちゃんが残って」

忠男「そりゃあどうなのかなあ」

茂子「あんたに聞いてんじゃないの。春ちゃんに聞いてんの」

春「わたしは」

茂子「わたしは何?」

春「…」

茂子「こんな甘ったれのおじいさん、さっさと捨てなきゃ駄目よ。でないと一生後悔するわよ。あなたの人生は誰かのためにあるんじゃないんだから。あなた自身の為にあるんだから」

春「はい」

忠男「ま、今日はその位にしとこうか。で? どこなんだ? 俺たちの部屋は」

茂子「あいにく今日は予約いっぱいで、客間、ふさがってるの。春ちゃんは、わたしのところ。忠男は、蒲団部屋にお願い」

忠男「いいよ? 蒲団部屋だろうと、犬小屋だろうとさ」

笑って、

茂子「明日は、客間用意するから」

忠男「いいよ? ずっと蒲団部屋だってさあ」

茂子「僻まない、僻まない」

春、笑ってる。

茂子「春ちゃん、確か、小学校で、給食の仕事、してたのよね」

春「はい」

茂子「だったら、厨房のことも、少しは判るだろうし。悪いけど、直ぐに着替えて、手伝ってくれないかしら。今日は、ほんとに忙しくて、猫の手も借りたいぐらいなの」

春「わかりました」

茂子「それじゃ」

と、去る。

春、うなだれている忠男を見る。

腰を下ろす春。

間。

春「おじいちゃん」

ニタリと笑って、

忠男「俺の予想、大当りだったろ」

春「おじいちゃん、落ち込んでたんじゃないんだ」

忠男「俺、姉ちゃんだけには頭上がらないんだよなあ」

春、ほっとした顔で、笑っている。



□ 厨房

春が、夕飯の仕度を手伝っている。

かいがいしく働く、春。



□ 蒲団部屋

忠男、手枕で、横になっている。

忠男「行男も駄目。兄ちゃんも駄目。それで、姉ちゃんも駄目ってことになると、後は、道男のとこしかねえか」

間。

忠男「道男かあ…」

どうやらあまり希望はないようなのだ。



□ 遠く、山間に、

陽が昇って行く。



□ 翌朝の厨房

春が、働いている。

茂子、そんな春を、離れたところから見ている。

茂子「…」

そして、行く。

春「…」

黙々と働いている。



□ 温泉旅館・ロビー

忠男がぼんやりと、ロビーの椅子に、腰を下ろしている。

茂子、来る。

茂子「どうしたの?」

忠男「蒲団部屋なんかにいたら、気が滅入っちまうよ」

茂子「今、部屋、掃除してるから、もう少し待ちなさい」

忠男「…」

茂子「ね」

忠男「ん?」

茂子「美味しいコーヒー飲ませるお店あるの。一杯、奢ってよ」

忠男「へえー。姉貴ってのは、食いっぱぐれの俺に、奢らせるのかい」

茂子「何言ってるの。勝手に、食いっぱぐれになったくせに」

忠男「…」

シュンとしている。



□ ある喫茶店

忠男と茂子の前にコーヒーが出される。

砂糖とミルク入れて、飲む、茂子。

茂子「ああ、美味しい。ここのコーヒー、大好きなの」

忠男「あ、そう」

茂子「コーヒーは、やっぱりコーヒー屋さんで飲まないと駄目ね」

忠男「俺、飲んだことねえ」

茂子「? あんた、コーヒー、飲んだことないの?」

忠男「生まれて初めての経験だ」

茂子「呆れた」

忠男「どうやって、飲むんだ?」

茂子「砂糖とミルクは、好き好き」

忠男「あ、そう」

茂子「何も入れずに飲むのをブラックって言うんだけど、通だけね」

忠男「じゃ、俺は通の方で行くかな」

と、飲む。

茂子「どう?」

忠男「…」

顔、しかめている。

茂子「どうなのよ」

忠男「…」

まだ、顔しかめている。

吹き出して笑う、茂子。

×  ×  ×

茂子「昨夜の話」

忠男「うん」

茂子「ここに、居候したいって話」

忠男「…」

茂子「それって、春ちゃんの事を思って言ってることなんでしょ?」

忠男「…」

茂子「そうなんでしょ?」

忠男「…」

忠男「あいつの今勤めてる学校な、廃校になっちまったんだ」

茂子「それじゃ、今、春ちゃん、仕事してないってこと?」

忠男「…あの町じゃ、これといって仕事もないしな。となれば、いっそのこと、都会に出てな」

茂子「今はどこも不景気だから、都会に出ても仕事、見つかるかどうかわからないわよ?」

忠男「ま、それはあるんだけどもな」

茂子「春ちゃん、わたしに預からせてくれないかしら」

忠男「昨日の話の続きかい」

茂子「うん。そう」

忠男「それは、俺に聞くまでもなくってな。春さえその気なら、俺は一向に構わないわけでな」

茂子「それじゃ、春ちゃんと話していい?」

忠男「昨日だって話してたじゃねえか」

茂子「改めて、正式に」

忠男「正式に、ね」

茂子「…」

忠男「…」



□ 旅館・厨房

春、まだ洗い物等して働いている。



□ 喫茶店

茂子「ね」

忠男「ん?」

茂子「…ひとりで生きていきなさいよ」

忠男「…」

茂子「しっかりと」

忠男「…」

間。

忠男「…今まで、わがまま放題やってきた俺がよ、どうやって、ひとりで生きて行けるんだよ」

茂子「…」

忠男「女房にも先立たれてしまったしよ…おまけに、ひとり娘にまで死なれて…俺はアレかね。何か変な厄がついてんのかね。でなくちゃどうして、俺の周りだけ、こんなさ…」

茂子「…はっきり言うけど」

忠男「…」

茂子「みんなあんたの犠牲者なの」

忠男「…」

茂子「ニシンの夢に、とりつかれたあんたの…」

忠男「…」

茂子「春ちゃんだけは、駄目。どんなことがあったって、駄目」

忠男「…わかってるよ」

茂子「わかってないわよ、あんた。あんたは、死ぬまで自分のことしか考えてない大馬鹿者よ」

忠男「…」

茂子「もう一度、言うわよ。絶対に春ちゃんだけは、犠牲にしちゃ駄目よ」

忠男「…」

強く、茂子を見詰めている。

茂子「じゃ、ご馳走様」

と、立って、出て行く。

忠男「ホントに俺に奢らすのかよ…」

渋々財布を開く、忠男。



□ 旅館・客間

忠男、居る。

卓袱台に向っている。

茂子、窓開けている。

忠男「寒いよ、姉ちゃん」

茂子「一日一度は空気の入れ替え。少し、我慢しなさい」

と、窓開け放つ。

忠男「…」

春、入ってくる。

春「何だ、おじいちゃん、帰って来てたんだ」

忠男「うん」

茂子「御免なさいね。わたしが、誘拐しちゃったの」

忠男「…お説教、嫌ってほど聞かされたよ」

と、笑う。

茂子「ね、春ちゃん」

春「はい」

茂子「ちょっといいかしら」

春「?」

と、茂子を見て、

春「…」

忠男を見る。

忠男「正式に話がしたいそうだ」

春「…」

茂子に続いて、部屋を出て行く。

忠男「…」

見送っている。



□ ロビー

茂子と春が来る。

茂子「そこ、坐って。今、お茶入れるから」

春「わたしが」

茂子「いいから坐って」

春「…」



□ 客間

忠男、立ち上がる。

よろける様に、不自由な足を庇いつつ、窓へと向う。

外、見る忠男。

忠男「ああ、寒い…」

で、忠男、窓閉める。

忠男「…」



□ ロビー

茂子と春、向い合っている。

茂子「あなたのおじいちゃんは、今、辛いところにいるんだと思うの」

春「…」

茂子「そりゃあ、そうだと思うわ。奥さん亡くして、今度はあなたのお母さんまで、あんなことになって。それでおまけに、あなたとも離れ離れにならなくちゃならないんだから」

春「…」

茂子「でもね、辛い思いを味わうのも、大切なことだと思うの。特に、忠男は…」

春「…」

茂子「そのためには、わたしたちが厳しくならなくちゃならないの。突き放さなくちゃならないの」

春「…」

茂子「わたしだって、そりゃあ辛い時が何度かあったわ。主人亡くしたとき。この旅館、左前で、もう、どうにもならなくなって、人手に渡すかどうするか、悩んでたとき」

春「…」

茂子「人使ってたら、そんなこと何度もある。今だって決して楽じゃないわ。後継ぎのこともあるし、頭悩ましてばかりよ」

春「…」

茂子「でもね。辛いから生きて行けるんだって。そんな風に考えることにしたの。そう考えると凄く楽。今まで悩んでたのが、馬鹿みたいに思えてくる」

間。

茂子「生きるって、そう云うことなんじゃないかしら」

春「…」

茂子「だからね。春ちゃんも、思い切り忠男、突き放した方がいいと思うわ。突き放して、ひとりで生きて行くように」

間。

茂子「それが、あの人への優しさだと思うのよ」

春「…実は、兄弟に会って、引き取って欲しいってお願いするよう、おじいちゃんに言ったの、わたしなんです」

茂子「…」

春「でも、今は、全然、考え変わっちゃったんです。今は、おじいちゃんとずっと一緒にいようって。何がなんでも、一緒に居ようって…そう思うようになったんです」

茂子「だからそれは、駄目なのよ。あなたのためにも良くない事だし、忠男のためにも良くない事なの」

春「…」

茂子「ね、春ちゃん」

春「?」

茂子「どうかしらね、ここで働いてみるというの。わたしの後継者になるのを前提に、やってみる気、ないかしら」

春「…直ぐに答え、出さなくてはいけませんか?」

茂子「出来れば直ぐに、答え欲しいわね」

春「…」



□ 客間

忠男、居る。

入ってくる春。

忠男「姉ちゃんと話してきたのか?」

春「うん」

忠男「…で?」

春「お断わりした」

忠男「そうか…」

春「わたしは嫌なの。おじいちゃんと離れ離れになるのが。その方がいいって、ずっと思ってたけど、考え変わったの。もう、嫌なの」

忠男「…」

忠男「明日、道男おじさんのとこ、行きましょ。行って、顔見て、それで、帰りましょ」

忠男「…」

春、窓に近付く。

外を見る。

春「…」



□ 温泉地の夜が明けていく。



□ 駅のホーム

忠男と茂子が話している。

茂子「忠男」

忠男「ん?」

茂子「くれぐれも…春ちゃんに甘えるのは、やめて」

忠男「判ってるよ」

茂子「お願いね」

忠男「うん」

茂子「春ちゃん」

春「はい」

茂子「残念だけど、諦めた」

春「済みません」

茂子「強く生きてよ」

春「はい」

茂子「忠男もね」

忠男「…」

頷く。

茂子「じゃあ、ね」

春「お世話になりました」

忠男「もう、会えねえかも知れねえけど」

茂子「…」

忠男「いつまでも、肝っ玉姉ちゃんでいてくれよな」

茂子「当り前じゃないの、そんなこと」

忠男「じゃあな…」

茂子「うん」

で、二人、乗り込む。

茂子「さよなら!」

茂子、涙拭いながら、別れを告げる。

走り出す、電車。



□ 走る電車

忠男と春がいる。

窓から茂子に手を振っている春。

忠男「…」

目を閉じている。



□ 仙台駅

改札を抜けて、出て来る忠男と春。

春「おじいちゃん」

忠男「?」

春「ちょっと、ここで待っててくれる?」

忠男「何」

春「道男おじさんのところ、電話してくるから」

忠男「電話? どうして」

春「だって、泊めてもらわなくちゃならないから」

忠男「今夜は、あいつのとこなんか、泊まらんよ」

春「でも、お金ないし…」

忠男「それだって、俺は、泊まらん」

春「だったらどこに泊まるのよ!」

忠男「都会に来たんだ。ホテルに決まってるだろ」

春「!! そんな…」

忠男「さ、行くぞ!」

と、行く。

春「…」

しぶしぶついて行く。



□ 駅舎から、

出て来る、忠男と春。

二人、ポクポクと一方へ歩いてゆく。



□ ある銀行の表

キャッシュコーナーから、出て来る春。

春「どうしよう…これで全財産…」

呟いて、待っている忠男へと向う。



□ ビジネスホテルAの前

忠男と春が来る。

中に入ってゆく。



□ ロビー

そのソファーに腰を下ろしている忠男。



□ カウンターで、

春、フロントマンと何やら話している。



□ ロビーに、

春が来る。

春「ここも満室」

忠男「じゃあ、また、歩くのか?」

春「そうなる」

忠男「もう歩くの嫌だよ。それに足、痛くなってきたしな」

春「タクシー呼ぶ」

忠男「車呼ぶ前に、泊まるとこ見付けるのが先だろ」

春「じゃあここで待っててくれる? わたし、探してくるから」

忠男「腹減ってるしな。そんなに長くは待てねえよ」

春「判ってる」

と、出て行く。

忠男「…」



□ 夜の街

ホテルから出てくる、春。

あたりを見回して、一方へと向う。



□ 道

春、来る。

ビジネスホテルの看板を見やり、中に入ってゆく。



□ ビジネスホテルB・ロビー

春が来て、フロントに近付く。

春「二人なんですが、部屋、空いてますか?」

フロントマン「あいにく本日は満室でして、お部屋お取りする事、出来ないんです」

春「どうしてなんです? どうして、どこもかしこも…」

フロントマン「学会が開かれてるんです」

春「ガッカイ」

フロントマン「…」



□ 道

春、来る。

又、ビジネスホテルの看板がある。

春「…」

中に入ってゆく。



□ ビジネスホテルC・ロビー

春が来て、フロントに近付く。

春「二名なんですが、部屋空いてますか?」

不安げに訊ねる春がある。



□ ビジネスホテルA・ロビー

春が入ってくる。

忠男に近付く。

忠男の向かいのソファーに腰を下ろす。

忠男「遅かったじゃないか」

春「どこのホテルも満室…ガッカイが開かれてるんだって」

忠男「何だ? そのガッカイってのは」

春「ガッカイはガッカイじゃないの」

忠男「だから、何なんだよ、ガッカイって!」

春「おじいちゃんが知らないのに、わたしが知ってるわけないじゃない…」

忠男「…それじゃ、道男のとこに泊めて貰うか」

春「何言ってるのよ! 今更!」

忠男「じゃあどうするんだ」

春「ここに朝まで、いるしかない」

忠男「ここに?」

春「だって他に、方法、見つからないんだもん」

忠男「ここに朝までか…」

途方に暮れる忠男。



□ コンビニの表

食べ物の入った袋を手に、出て来る春。



□ ビジネスホテルAのロビーで、

忠男と春が向い合って弁当食べている。

ペットボトルのお茶飲んで、二人、気まずい顔で、弁当食べている。

ホテルマンが近付いて来て、

ホテルマン「お客様。大変申し訳ありませんが…」

忠男と春、顔を上げる。



□ 道

忠男と春が来る。

先行く、春。

忠男、そこいらに、腰を下ろしてしまう。

春、振り向いて、見て、近付く。

春「行こう、おじいちゃん」

忠男「もう、嫌だ」

春「嫌だって言ったって」

忠男「一歩も、歩きたくない」

春「じゃあ、どうするのよ」

忠男「おぶれ」

春「嫌よ」

忠男「おぶれ!」

春「嫌だって言ってるでしょ?!」

忠男「…」

睨む。

春「じゃ、勝手にしたら?」

と、行こうとする。

忠男「春」

春「何よ」

忠男「お前、俺をここに捨てて行くのか」

春「…」

忠男「俺を、ここに捨てるのか!」

春「そうよ! わたし、おじいちゃんをここに捨てて行く!」

忠男「野垂れ死ねってことだな!」

春「そうです!」

忠男「ようし! 死んでやる!! 俺は、死んでやる!!」

と、立ち上がり、車道へと向う。

春「やめてよ!」

忠男「死んでやる!!」

春「やめてってば!」

と、押さえる。

忠男「どうせ、生きてたって、良いことなんてありゃしねえんだ。だから、死ぬんだ!」

春「おじいちゃん…」

忠男「…」

蹲っている。

泣いている。

春「…おじいちゃん…」

呟いた春が、忠男を抱きしめる。

強く、強く抱きしめている。



□ 夜が明けてくる。

その情景があって――。



□ 定禅寺通りの中州で、

ベンチで、寄り添って、眠っている、忠男と春。



□ 開店前のガソリンスタンドで、

顔を洗ってる、忠男。

タオルを差し出す、春。

ふんだくるように、タオルを奪い、顔を拭いて、春に渡す、忠男。

忠男「…乞食の真似事させやがって…」

と、行く。

春「…」

忠男の後をついていく。



□ 道

春と忠男、歩いて来る。

ポツポツと歩いて来る。



□ あるビルの前

忠男と春、そのビルを見上げている。

忠男「このビル、丸ごと、あいつのもんだ」

春「へえー」

忠男「俺たち兄弟の中で、唯一、成功した奴だからな」

春「…」

忠男「ほんと、ずる賢い奴なんだ」

春「駄目よ、そんな事云っちゃ!」

忠男「はーい」

と、笑う。

忠男は、道男の成功が嬉しいのだ。



□ ×階

そこが中井道男の自宅になっている。

その玄関に、忠男と春、来る。

ドアチャイム、押す春。

応答はない。

しばし待って、

春「やっぱりいないんじゃない?」

と、突然、

忠男「おい、道男! 俺だ! 忠男だ! ドア、開けろ!」

と、叫ぶ。

それでも、応答がない。

忠男、待つ。

春、忠男を見てる。

忠男、待つ。

間。

…やがて、鍵の開く音がする。

ドアが薄く開く。

そして、パジャマ姿の道男が顔を出す。

忠男「おう」

道男「…」

怪訝そうな顔で、突っ立っている。

春「…」

びくびくしている。



□ 居間

道男と忠男、向い合っている。

道男、パジャマにガウン着ている。

忠男、神妙にしている。

胃薬など飲みながら、

道男「兄貴ってのは、昔からそうなんだ。駄目なんだ。世間知らずもいいとこなんだよ。そういうのが、俺にはずっと不満だったんだよ。偏屈なのは、いいんだよ。それ押し通してくれりゃ。それだったらみんな兄貴のこと、認めるんだ。なのに、直ぐ、兄貴は弱音、吐くんだよな。愚痴るんだ。それってのは、全然駄目だと思うよ? 違う? 俺の言ってることって、違う? 違ってないと思うよ?」

忠男「…」

道男「だいたいさ、虫が良すぎるんだよ。少しばかり、足が利かなくなったからってさ、今までずっとそっぽ向いてて、相手にもしなかったような、重男兄ちゃんとか、茂子姉ちゃんとか。俺にまで頼って来てさ」

春「それは」

制して、

忠男「…」

道男「実際、片足利かなくなったら、切断でしょ? 普通、もう片方の足も利かなくなったら、そっちも切断ですよ。それで初めて俺たち頼ってくるんだったら。それだったら大歓迎ですよ! 五体不満足! それで初めて、人を頼れるんだよ。とりあえず、五体満足な人間が、何いい歳して、甘ったれてんだと思うよ。そんな奴には、何もしてやんない! 昔いた、傷痍軍人とかにさ、金恵んでやったほうがよっぽど気が利いてるってもんだよ」

忠男「…」

道男「あれだけ、偉ぶってた兄貴がだよ? おめおめと、俺の前に、姿現すなってんだ、馬鹿野郎」

忠男「お前、今、俺のこと、馬鹿野郎って言ったな」

道男「ああ、言った。何? もう一度言って欲しいの? 言って欲しかったら、俺、何度でも言うよ? 馬鹿野郎、馬鹿野郎、馬鹿野郎!」

忠男、突然、堪えていたものが噴火する。

忠男「この大馬鹿野郎!!」

と、ぶつかって行く。

忠男「兄貴に向って何ていい草だ!!」

と、泣きながら、向って行く。

二人の取っ組み合いとなる。

道男は、抵抗しない。

それでも忠男は、狂ったように、道男の上に馬乗りになって、道男を平手打つのだ。

忠男「…」

泣きながら、道男を平手打っている。

道男「…」

道男も無抵抗のまま、涙浮かべている。

「おじいちゃん、やめてよ!!」

と春が泣きながら止めに入っている。

道男の妻、明子も、涙を一杯に溜めて、見守っている。

忠男「…」

道男「…」

二人が互いを荒い息で、睨んでいる。

忠男、道男の上になって、睨んでいる。



□ ホテル・表

道男の妻、明子、出て来る。

春、追ってきて、

春「おばさん、済みません」

明子「こちらこそ。御免なさいね、居留守使ったりして…重男お兄さんから電話あって、忠男お兄さんが訪ねて来るかも知れないって…でも、二人が合わないの、昔からでしょ? ああなるの目に見えてたから…」

春「…」

明子「…でも、余計な気、回したのかも知れない」

春「そうですか?」

明子「あの歳になって、あんな兄弟喧嘩が出来るんだから。素敵じゃない」

春「…」

明子「あの人言ってたわ。今度、忠男お兄さんが来たら、考えて見るって」

春「でも、もうそれは」

明子「あの人もいいとこあるわよね。ホテルのスイート、とってやれなんて。わたし、ちょっとだけ惚れなおしちゃった」

春「…」

明子「惚気だ、惚気!」

と、笑う。

明子「じゃ、ね。また、ちょくちょく遊びに来て。待ってるから」

春「ありがとう」

明子「さよなら」

と、車へと向う。

運転手が、明子を後部席に乗せる。

走り去る車。

春「…」

見送っている。



□ 街の夜景

部屋の窓からの、情景。

ガラスに、忠男と春の姿が、映っている。



□ スイートルーム

窓辺のテーブルに、忠男と春、いる。

二人、ジュース、飲んでいる。

忠男「駄目だったな」

春「…」

忠男「全部、駄目だった」

春「…」

間。

忠男「な、春」

春「?」

忠男「…俺は、あの家に残る。でも、お前はな」

春「…もうその話はいい」

忠男「しかしな」

春「聞きたくない」

忠男「しかしな」

春、立つ。

そして、窓辺に向う。

忠男「…」

春、見ている。

春「…」

窓の外、見ている。

間。

春「おじいちゃん」

忠男「ん?」

春「…わたし、急にお父さんに会いたくなったの」

忠男「…?」

春「いままで一度も、会いたいなんて思った事もなかったのに…おじいちゃんが兄弟と会ってるのを見て、うらやましくなって…急に、お父さんに会いたくなったの」

忠男「…」

春「…一緒に行ってくれる?」

忠男「うん」



□ ベッドルーム

ベッドが、二つ、置かれている。

二人が、夫々のベッドに横になっている。

文庫本読んでいる春。

やがて、本を閉じる。

忠男、眠っている。

春、そんな忠男の寝顔を眺めて、はっとなる。

忠男が、死んだのかと思ったのだ。

春、ギョッとなって、忠男に近付く。

そして、手を伸ばして、揺すろうとしたとき、忠男の静かな寝息が聞こえる。

春、ほっとした顔で、忠男を見詰める。

春「…」

明日のことを、考え始める。



□ フェリーボート・その船室

雑魚寝の、客室の一隅に、忠男が、いる。



□ 甲板の上

春、手すりにもたれて、海を見詰めている。

春「…恋がしたい…沢山の人と出会いたい…子供も産みたい! …お母さん、それって、いけないこと? わたしには、いけないこと?!」

叫ぶように言う、春がいる。



□ 苫小牧の港に、

フェリーが、到着する。

車などが、出て来る。



□ ある牧場

馬小屋に、馬が居る。



□ 津田家

春の父親、真一の家だ。

その表に、忠男と春が来る。

春、玄関の処まで来て、立ち止まる。

忠男「…どうした」

春「…」

忠男「?」

春「…やっぱり帰る」

忠男「ここまで来たのにか?」

春「…」

春、ふと一方を見ると、馬小屋の辺りから、真一の妻、伸子の姿が現れる。

春、気付いて見る。

忠男も見る。

伸子、そんな二人に、一礼する。

そして、近付いて、

伸子「春さん、ですね」

春「はい」

伸子「初めまして」

春「あの」

伸子「写真でお顔は」

春「それじゃ、お父さんの」

伸子「伸子です」

春「そうだったんですか」

伸子「会いたかったわ」

春「…祖父です」

忠男「…」

一礼する。

伸子も一礼する。



□ 流しで、

伸子、お茶とお茶うけを盆に乗せて、廊下を行く。

客間の前に来て、ふと立ち止まる。



□ 客間

春と忠男、坐っている。

春「知ってたの? おじいちゃん」

忠男「うん」

春「…」

忠男「あいつの三回忌の時にな、お前の親父が、一緒になりたい人がいるってな」

春「そうなんだ」

忠男「お前に話すべきか、話さないほうがいいのか、随分と悩んでたみたいだ」

春「…云ってくれたら良かったのに」

忠男「…その頃はお前もまだ、高校入ったばかりだったからな。傷つきやすい年齢だしな」

春「…今だって同じよ」

忠男「そうだけどな」

春「傷ついたわよ、わたし」

忠男「そう言うな」

春「…」



□ 客間の前

立ち聞きしている伸子。

その時、車の音が、忍び込む。

伸子「…?」

一方に目を向ける。



□ 表

四駆、来る。

止まる。

中から、真一、降り立つ。

何か、荷物を手に、玄関へと向う。

と、伸子が玄関の戸を開いて、出て来る。

伸子「あなた」

真一「?」

伸子「春さんと、おじいちゃんが、いらしてるの」

真一「?」

戸惑った顔になる。



□ 居間

真一、入ってくる。

春、立つ。

忠男も立つ。

真一「春か」

春「ご無沙汰してます」

真一「こちらこそ」

春「…」

真一「お義父さん。ご無沙汰しています」

と一礼する。

忠男「悪いね。突然、現れたりして」

真一「いえ。いいんですよ、そんなこと、気にされなくても。ま、坐ってください。さ、どうぞ」

と、忠男を促がす。

春、坐るが、忠男、立ったままでいる。

春「おじいちゃん」

忠男「俺、その辺、歩いて来るわ」

春「…」

忠男「久し振りなんだ。二人でゆっくり話せばいい」

と、真一、見やり、

忠男「そういうことで」

と、告げ、出て行く。

春「…」

真一「…」



□ 牧場辺りを、

忠男、来る。

片足引きずりながら来る。

忠男、草原を眺める。

伸子、来る。

忠男、振り返ってみる。

伸子「寒くないですか?」

忠男「ええ…大丈夫です」

伸子、横に並ぶ。

忠男「伸子さん、でしたよね」

伸子「はい」

忠男「伸子さんか」

伸子「わたしは、何て呼べばいいのかしら」

忠男「そうだなあー」

伸子「お父さんでいいですか?」

忠男「それはどうなんだろ。本当のお父さんが聞いたら、気、悪くするよ」

伸子「父はいないんです」

忠男「?」

伸子「わたしは母一人子一人で、育って…だから、春ちゃんと、同じなんです」

忠男「そうなんだ」

伸子「…」



□ 居間

真一と春がいる。

二人、押し黙っている。

やがて、

真一「春が会いにきてくれるとは思わなかったよ」

春「わたしも会いに行くとは、思ってなかった」

真一「…」

春「ずっとお父さんとだけは会わないだろうなって…」

真一「…」

春「会いたくなかったし」

真一「…」

春「多分これが最後だと思う。最初で、最後」

真一、詰まってしまう。

詰まりながら、

真一「そうか」

と、呟く。

春「お母さんとそっくりね」

真一「伸子か?」

春「瓜二つ」

真一「…」

春「お父さん、お母さんのこと、好きだったんだ」

真一「…」

春「なのにどうして離婚したの?」

真一「…」

春「そんなこと、聞かれたくない?」

真一「…」

春「でも、わたしには、聞く権利がある」

真一「…」

春「わたしだけには」

真一「…」



□ 牧場

伸子と忠男、いる。

忠男、馬の頭、撫でている。

伸子「…」

忠男を見詰めている。



□ 居間

真一「理由なんてないさ」

春「…」

真一「人と人が別れるのに、理由なんてない。どこかで、気持ちがすれ違った。それだけだ」

春「…判らない、そんなの」

真一「判らなくていい。お前には、済まないと思ってる。一番辛い思いをしたのは、お前なんだからな」

春「そんな事、聞きたくない!」

真一「…」

春「謝ってなんか欲しくないわよ!」

真一「…」

間。

春「…わたし、本当は、知ってるの」

真一「?」

春「浮気でしょ? お母さんに、恋人が出来ちゃったんでしょ?」

真一「…」

春「お父さん、その事、許せなくて…」

真一「…」

春「そうなんでしょ?」

真一「…」

春「知ってるのよ、わたし。まだ子供だったけど…みんな知ってるの…お母さんが、飲み屋さんでアルバイトするようになって…段々、帰ってくるのが、遅くなって…たまに、男の人の車で、送ってもらうようなこともあって…」

真一「…」

春「お父さん、お母さんを、殴ったわよね。死んじゃうんじゃないかってぐらい、お母さんを…そして、お父さんは、出て行った…」

真一「…」

春「お父さんは、そのまま帰らなかった。わたし、何度も、学校の帰りに、役場に行ったのよ? でも、お父さんは、辞めてた」

真一「もう、いいじゃないか、その話は」

春「ね、お父さん」

真一「…」

春「過ちって、償えないものなの?」

真一「…」

春「人って、自分の事しか考えられないものなの?」

真一「春…」

春「お母さんは、お父さんに許して貰いたくて…それで…それで…でも、永久に、許してもらえないと悟って…」

波の音。



□ 夜明けの浜

誰もいない、浜。

春の声「浜に、身を投げて…」



□ もとの居間

真一「…」

春、涙している。

号泣している。

真一「…」

春「…」



□ 牧場

忠男と伸子が来る。

伸子「お父さん」

忠男「ん?」

伸子「…」

忠男「…何」

伸子「よかったら、お父さん、わたしたちと一緒に暮らしませんか?」

忠男「…」

伸子「ずっと、一緒に」

間。

忠男「…そんなことは出来ませんよ」

伸子「どうしてです? どうして出来ないんです?」

忠男「出来ませんよ」

伸子「初めてお会いしたのに…でも、わたし、お父さんが、本当のお父さんのように思えてならないんです」

忠男「…」

伸子「わたしは父の顔、覚えてないんですが、でも、おぼろげながら、その顔を思い出して…ううん。そんなことはどうでもいいんです…わたし…お父さんを本当のお父さんのように…そう思えてならないんです。ですから、宜しかったらここにいて下さい。わたしたちとずっと一緒に…」

忠男「真一君が、どう思うか…」

伸子「真一さんは、ずっとお父さんのこと、話してましたよ? …お父さんと別れなくちゃならなかった。そのことだけは、心残りだって」

忠男「…」

伸子「お父さんのことが好きなんですよ。本当に好きなんです、あの人」

忠男「…」

伸子「他人であっても、人は人」

忠男「…」

伸子「気が合えば、それが一番じゃないですか」

忠男「…ありがとう。その気持ちだけで充分です」



□ 牧場の一隅(あるいは、真一の家のベランダ)・夕

ポツンと忠男がいる。

春が来る。

春「…おじいちゃん…」

忠男「…なんだ、泣きべそかいてんのか?」

春「そんなことないけど…」

と、目の端を拭う。

忠男「…な、春」

春「?」

忠男「そっとおいとましようか」

春「わたしも今、それ言おうとしてたの」

忠男「気が合うんだな、俺たち」

春「…」

二人、微笑んでいる。



□ 道を、

歩いて行く、忠男と春。

ふたり、歩いて行く。



□ 蕎麦屋・夜

その外観――。



□ 店内

二人、蕎麦食べている。

忠男「うまいだろ、ここの蕎麦」

春「来た事あるんだ」

忠男「ずっと昔にな。ずっと昔に、来た事、あるんだよ」

春「…」

忠男「お前が産まれる前のことだ。まだ真一君の、おじいちゃんやおばあちゃんが生きてた頃のことだ。お前の母さんが、お前身ごもってな。それで挨拶に、あの牧場、行ってな。子供も出来たし、一緒にさせてやってくれってな」

春「…」

忠男「見事に断られちまってよ。俺、どうしていいかわかんなくて。それで帰り道、お前の母ちゃんと一緒に、ここ入ってな」

春「…」

忠男「今でも思い出すよ。お前の母ちゃん、蕎麦ん中に、ポツポツ涙こぼしてよ。それでな? 俺な? そんなに涙流したら、塩っ辛くて、食えなくなるからってな」

春「…」

忠男「真一君を責めるな」

春「…」

忠男「親捨てて、お前の母さんと一緒になってくれた人なんだ」

春「判ってる、そんな事! 判ってる!」

春、涙している。

蕎麦に、涙がこぼれて行く。

間。

忠男「…」

春「…」

×  ×  ×

春「おじいちゃん」

忠男「…」

春「わたし、ずっと、おじいちゃんと一緒にいるからね。町役場か、水産工場か、果樹園か。とにかく、あの町で働いて…おじいちゃんとずっと一緒に暮らして行くからね」

忠男「…」

春「いつかわたしに、好きな人が出来て…それでも、おじいちゃんと一緒に暮らしてくれる人でなくっちゃ、わたし、絶対に嫌! ううん。わたし、そういう人をきっと探す! だからおじいちゃん、安心して。わたしたち、絶対に、離れ離れになんかならないから!」

忠男「…」 

春「判った?」

忠男「…うん」

春「…」

見る。

忠男「…」

押し黙ったまま、蕎麦をずるずるとすすっている。

春も、ずるずるとすすっている。

電車の音、先行して、入る。



□ 夜明けの走る電車・車内

電車に揺られている忠男と春。

春、読んでいた文庫本を閉じる。

読み終えたのだ。

その本は、林芙美子の「放浪記」。

春「…」

文庫本、握り締める。

忠男「…」

うなだれている。



□ 増毛駅

電車が入線して来る。

客たちが降りて来る。



□ 車内

春「おじいちゃん、着いたよ」

忠男「…」

春「おじいちゃん!」

忠男「…」

そんな忠男に、ふと目を向ける。

春「?(おじいちゃん)…」

忠男「…」

息絶えているのだ。

春「!!」

途端、滂沱の涙が、溢れてくる。

春、忠男を抱きしめる。

強く、強く抱きしめる。

春「…」

零れる涙を、拭うことも出来ないでいる。



□ 黒地に、

エンドマーク、出る。

クレジットタイトル。



                                     [完]






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Mさんのこと、

最近、ひとりでコーヒーを飲んでいると、Mさんのことを、思い出すようになった。
Mさんのことは、それまでも、年に何度かは、思い出すのだが、最近では、とみに思い出すことが多くなった。

Mさんとは、公務員(郵便局員)の時の、先輩後輩にあたり、同じ班に属していた。
配達区域も、同じ西新宿で、良く、配達場所を教えてもらった。
昼飯も、待ち合わせて同じ場所で食べた。
旨い店を見つけるのが得意なMさんは、西口会館にあったラーメン屋とか、ハイチと言うドライカレー屋とかを教えてくれた。
コーヒーも好きで、下戸のボクたちは、仕事が終わると、高田馬場の駅前の本屋の入っているビルの地下の喫茶店で、コーヒーを飲んだ。
そして、本の話や、映画の話をした。

勤めて、4年目に入ったころ、ボクは、志していた映画の道を進もうと、勤めを辞めることにした。
今になって思うと、随分と無謀なことをしたものだ。
何のあてもないのに、フランスに渡ったのだから。

同じころ、Mさんも、別の生きる道を見つけていた。
喫茶店を開くことだった。
Mさんは、仕事を終えると、青山だか、渋谷だかの喫茶店に行って、開業のための修業をしていた。

今では、あまり見かけなくなったが、その頃よく見た看板。
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板。
店の売りは、深い焙煎のドリップコーヒーと、シフォンケーキだった。
店は、白壁で、太い梁が、何本も通っている、山小屋とも少し違う、シャレたもので、大体、クラシックが流れていた。
客は、女性がほとんどで、値段は、高めに設定してある。
それでも、そのての店は、結構繁盛していて、あちこちに、
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板が出ていた。
系列店と言うことではないみたいだが、とにかく、沢山あった。

Mさんが、町田に店を開いたのは、ボクがフランスから帰って間もなくの事だったと思う。記憶違いで、Mさんの方が辞めるのははやかったのかも知れない。
いずれにしても、ほぼ、同時期にボクたちは、別の道を歩き始めた。

一度、ボクは、町田のMさんの開いた店に行ったことがある。
まだ、店を始めて、間もないころだった。
Mさんは、確か妹さんとその店をやっていた。
お決まりの、深入り焙煎のドリップコーヒーとシフォンケーキ。シフォンケーキには、ホイップされた生クリームがたっぷりのっている。
ボクは、コーヒー職人と化したMさんを…

新年の抱負のようなもの、

今年は、何もしないで新年を迎えようと思っていた。
何もしないというのは、初詣とか、もろもろ新年にまつわる行事で、別に、何か理由があるわけではなくて、二日から、もう、クリニック通いが始まったので、ボクの場合は、新年も何もないからだ。
新しい年になったからって、特別、何かが変わったわけでもないし、変わるわけでもない。
新しい年になって、今年こそという気持ちは、あるにはあるのだが、まずは、昨年のことを振り返らないと、今年のことは、なんとも、決めようがない。

というわけで、昨年だが、仲代さんの関係の仕事が、舞い込んできて、リーディングの舞台を演出したのと、「果し合い」という藤沢周平さんの原作を脚色したのと、あとは、オリジナルのシナリオを一本書いたぐらいで、あとは、なんとなく過ごしていた。
もう一本ぐらい、ホンを書こうと思っていたが、書けなかった。
年末に、前から考えていた企画のことがあたまをもたげて、若い人に企画書のようなものを書いてもらったが、まだまだの感。
もうひとつ企画があるのだが、こちらは、まだ文字にするわけにはいかない。
もう少し、時間が要る。

そう。
時間が要ることばかりになってきていて、いくら時間があっても足らない。
おまけに、体力がなくなって、すぐに疲れるから、寝てばかりいる。
これでは、何も進まない。

去年ほど、映画を観ない年はなかったんじゃないかというぐらい映画を観なかった。
映画を作るのが、ボクの仕事のはずが、映画を観ないなんてけしからんと怒る人もいるだろうけど、映画を作る人で、ほとんど映画を観ないという人は、意外に多い。
観なくて済むなら観なくたっていいのかも知れないが、一本でも多くと思っている人間にとっては、何だか、変だ。
では、さぞ、つまらない一年だったろうと思うかもしれないが、これが、何とも、不安を掻き立てて、スリルのある、刺激的な一年だったのだ。
たまには、映画から離れてみることも必要だなとか、このままでいいのかとか、思いは錯綜するが、意図して、映画を観ない日をつづけた。

観たい映画があまりなかったというのもある。
ちょっとこれは観ておかないとなと言う映画がない。
意図が、わかる。
観る前からわかる。
そんな映画ばかりで、それは、映画がつまらないのではなくて、宣伝なんかが、月並みで、意表をつくことをしないのが原因でもある。
あとは、タイトル…

あけまして、おめでとうございます。

おくればせながらです。
去年、義父が亡くなってしまい、本来なら、喪に服さなければならないので、新年のあいさつは、控えるべきなのですが、たまたま、数年ぶりに新作を作ったこともあり、仕事関係の人には、賀状を送らせてもらっています。もちろん、妻にも、承諾済みです。
義父も、きっとゆるしてくれてると思っています。

連れ合いを亡くすと言うことが、どんなことなのか、ボクにはわかりませんが、葬式から100日ぐらいしてからの義母は、まだ悲嘆に暮れているようです。
娘である妻も、平常を装っていますが、きっとことあるごとに、父親の事を思っているに違いありません。

ボクの母は、ボクが32歳の時に亡くなりましたが、今でこそ、亡くなった母よりも長く生きて来て、その辛さ、寂しさは、薄らいできましたが、10年ぐらいは、何をするにも、母の事が思い出されて、ああしてやればよかった。こうしてやればよかったなどと、後悔ばかりしている始末です。
父の時は、ボクが、フランスのヴズールと言うところの映画祭に呼ばれていた時で、審査委員長として呼ばれたのですが、急遽帰国したことを覚えています。
こういう仕事をていると、こんな私事で、仕事を放りだすのは、いけないことなのですが、なんとかわがままを聞いてもらい、帰国しました。

父との思い出は、喧嘩と言うか、小言を言われるだけの存在で、今でも時々憎らしい気持ちになりますが、人間には、いろんな状態があり、苦しい時や、辛い時に、誰か身近な人に当たると言うのは、誰にでもあることだと今は理解しています。
と、言うか、自分も似たことをしている時もあります。
人間とは、弱いのだなとつくづく思います。
ボクは、随分と父親には、逆らい、何一つ、父親ののぞむような生き方は、してきませんでしたが、きっと、父親は、そんなボクが、歯がゆくて仕方がなかったんだと思います。
いまでいえばDVまがいに、殺気を帯びた目で、ボクを殴ることもありました。
そうなってしまうともう手は付けられませんから、されるがままになっているのですが、それがボクの精神形成に、いい作用をしたことはあまりなく、反抗とか反発と言うのの芽が出始めたのも、そのころからではないかと思っています。
でも、人は、いつか死にます。
父の葬式の時に、形ばかりの喪主を務めさせてもらいましたが、みなさんに何か話している途中で、急に悲しみがこみあ…