2016年12月12日月曜日

Mさんのこと、

最近、ひとりでコーヒーを飲んでいると、Mさんのことを、思い出すようになった。
Mさんのことは、それまでも、年に何度かは、思い出すのだが、最近では、とみに思い出すことが多くなった。

Mさんとは、公務員(郵便局員)の時の、先輩後輩にあたり、同じ班に属していた。
配達区域も、同じ西新宿で、良く、配達場所を教えてもらった。
昼飯も、待ち合わせて同じ場所で食べた。
旨い店を見つけるのが得意なMさんは、西口会館にあったラーメン屋とか、ハイチと言うドライカレー屋とかを教えてくれた。
コーヒーも好きで、下戸のボクたちは、仕事が終わると、高田馬場の駅前の本屋の入っているビルの地下の喫茶店で、コーヒーを飲んだ。
そして、本の話や、映画の話をした。

勤めて、4年目に入ったころ、ボクは、志していた映画の道を進もうと、勤めを辞めることにした。
今になって思うと、随分と無謀なことをしたものだ。
何のあてもないのに、フランスに渡ったのだから。

同じころ、Mさんも、別の生きる道を見つけていた。
喫茶店を開くことだった。
Mさんは、仕事を終えると、青山だか、渋谷だかの喫茶店に行って、開業のための修業をしていた。

今では、あまり見かけなくなったが、その頃よく見た看板。
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板。
店の売りは、深い焙煎のドリップコーヒーと、シフォンケーキだった。
店は、白壁で、太い梁が、何本も通っている、山小屋とも少し違う、シャレたもので、大体、クラシックが流れていた。
客は、女性がほとんどで、値段は、高めに設定してある。
それでも、そのての店は、結構繁盛していて、あちこちに、
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板が出ていた。
系列店と言うことではないみたいだが、とにかく、沢山あった。

Mさんが、町田に店を開いたのは、ボクがフランスから帰って間もなくの事だったと思う。記憶違いで、Mさんの方が辞めるのははやかったのかも知れない。
いずれにしても、ほぼ、同時期にボクたちは、別の道を歩き始めた。

一度、ボクは、町田のMさんの開いた店に行ったことがある。
まだ、店を始めて、間もないころだった。
Mさんは、確か妹さんとその店をやっていた。
お決まりの、深入り焙煎のドリップコーヒーとシフォンケーキ。シフォンケーキには、ホイップされた生クリームがたっぷりのっている。
ボクは、コーヒー職人と化したMさんを少しだけ、羨ましく思った。
何しろ、ボクは、その頃、仕事にこそありついてはいたが、映画の道は、何一つ拓けてはいなかったからだ。

Mさんの店に行ったのは、その時、一度きりだった。
場所が、町田と言うこともあった。
気軽にコーヒーを飲みに行くのには、少し、遠い。
それだけではなく、ボクにも、意地みたいなものがあり、次に行くときは、ボクが映画の世界に身を置いた時だと決めていた。

しかし、それは、一向に訪れる気配は、なかった。
あれから、35年が経つ。
Mさんは、今、どうしてるんだろう。
気になったボクは、食べログとかで調べて、グーグルの地図で、検索してみた。
町田は、昔とは、大部様子が変わっていて、確かにここだと言うところにはいきつかなかったが、それらしき店を見つけた。
「近々、行ってみよう」
と、心の中では思っているが、なかなか実行に移せない。
実に歯がゆいのだが、Mさんのことを思うのが、真夜中で、ひとりきりの時間に、冷めたコーヒーを飲んでいる時なのだから、仕方がない。

ボクは、一日、一杯と言うコーヒーの制限がある。
良く判らないが、カリウムの問題らしい。
それでも、一日三杯は、コーヒーを飲んでいる。
朝のコーヒー。
昼のコーヒー。
そして、呑んだ後のコーヒー。
いつか、そのうちの一杯を、Mさんの淹れたコーヒーで、飲んでみたい。

喫茶店を出すのが、夢だったことがある。
店の名前は、「バルザック」と決めていた。
本で埋め尽くされた喫茶店。
そこで、探究者のようにコーヒーを淹れるのだ。
Mさんのように。

「きっと、逢いに行くからね、Mさん!」
そう呟いて、今日は、眠ろうと思う。
ボクのコーヒータイムは、Mさんの面影を追う旅でもある。

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