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2010/01/31

今日は父の三回忌。

とは言っても、住職にお経を読んでもらい、お参りをしただけ。

終わって、「銀座アスター」に行く。

親父がよく行ってた中華料理店で、お茶の水店が出来るまでは、本郷三丁目から地下鉄に乗って、銀座のお店に行っていた。

今日はお茶の水店に行った。

ここで大体食べるのは決まっていて、蟹肉の入ったコーンスープだ。

とても上品な味だったのは覚えているけど、どんな味だったのかは忘れていて、今日久しぶりに食べたのだが、以前より、少し味が薄い気がしたが、昔のことを思い出した。

フカヒレスープも頼んだことがあったが、これは滅多なことでは頼めない。随分と値が張るからだ。確か、祖母の喜寿だかのお祝いの時は、これを食べたような気がする。

ボクはその頃は高校生だったか?

フカヒレスープより、いつものコーンスープの方が良かったのにと思ったものだ。

今は、たまに唐桑に行くので、気仙沼でフカヒレは手に入る。一度、父の生前、気仙沼で売ってるフカヒレスープを父に送ったことがあったけれど、例によって、あんなものは食えないと叱られた。

体調が悪かったり、何か不愉快なことがあったりすると、なんら関係のない人に向って憎まれ口を叩くのは死ぬまで治らなかったようで、ボクにも、それは受け継がれていて、時どき、自分のしていることが、親父に似て来たなと感じることがある。

それはさておき、

「銀座アスター」では他に、春巻きとか焼きそばとか、炒飯とかを頼んだ。いつもの店より全体的に味が薄い。普段行く店がどれだけ大衆的かと言うことを思い知らされた。息子も喜んで食べていた。

デザートも食べたので、かなり血糖値は上がってしまったことだろう。

今夜は、ご飯とちょっとしたもので済まそうと思っていたが、夕飯もそれなりに食べてしまい、お供えのカステラも持って帰ってきて、食べたので、まずいなとひとり呟いていた。

「春との旅」の主人公、忠男はボクの親父とは何の関係もないのだが、やはりシナリオを書いたのがその息子なので、おのずと親父の影のようなものは引きずっているのだろう。

何か、今日は親父の三回忌でもあり、忠男の三回忌でもあったようで、いろいろと映画のことや親父のことを考えて一日を過ごした。

一周忌の時に、住職が、法事と言うのは故人を思い出すことだと言っていたので、そのようにつとめた。

もう直ぐ、日が変わる。

×  ×  ×

「無縁社会」と言うスペシャル番組を見た。

『ワカラナイ』や『春との旅』で描いたことが、現実となっていることに愕然とした。

今度は、『無縁』をテーマに映画を作ってみようかと思う。

とにかく息苦しいこの国。

息苦しくなかったことなど、今まで一度もない。

この息苦しさと言うのは、どこから来るんだろう。

突破口はないのか?

こうして、生きて死んでいくのか?

本当にそれだけでいいのか?

朝青龍の暴力事件がテレビや紙面を賑わしている。警察がリンクしたに決まっているが、随分と姑息なことをするもんだと思う。相撲が国技だと言うなら、横綱は何だ? 被害者が示談で済ませたのならば、それでいいではないかと思う。

国民の圧倒的支持で、政権交代がなされたと言うのに、野党ならまだしも、マスコミがこぞって粗さがしだ。これが検察のリンクでなくて何だろう?

それで知らない内に、予算案は可決。

今朝も、テレビで政治家が討論していたが、朝までテレビと同様の平行線。何もまとまらない。まとまらないのなら、こんな番組やらなきゃいいのにと思うが、こうした議論が民主主義だとでも思っているのか、日曜日になると始まる。

見なきゃいいのだが、つい見てしまい、また、嫌な気分になる。

以前は、「朝までテレビ」で徹夜して、「日曜討論」になだれ込んだりしていて、こうなるともう、「ブルー・マンデー」ではなく、「ブルー・サンデー」だ。

と、ここまで書いていて、あ、ボクも映画で同じようなことをしているなと思い、反省。

×  ×  ×

淡島さんの舞台を今、名古屋の御園座でやっています。

近くにお住まいの方、ぜひ、見に行ってください!

×  ×  ×

仲代さんの舞台も、そろそろ始まります。

みんなで行きましょう!

コメント

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新年の抱負のようなもの、

今年は、何もしないで新年を迎えようと思っていた。
何もしないというのは、初詣とか、もろもろ新年にまつわる行事で、別に、何か理由があるわけではなくて、二日から、もう、クリニック通いが始まったので、ボクの場合は、新年も何もないからだ。
新しい年になったからって、特別、何かが変わったわけでもないし、変わるわけでもない。
新しい年になって、今年こそという気持ちは、あるにはあるのだが、まずは、昨年のことを振り返らないと、今年のことは、なんとも、決めようがない。

というわけで、昨年だが、仲代さんの関係の仕事が、舞い込んできて、リーディングの舞台を演出したのと、「果し合い」という藤沢周平さんの原作を脚色したのと、あとは、オリジナルのシナリオを一本書いたぐらいで、あとは、なんとなく過ごしていた。
もう一本ぐらい、ホンを書こうと思っていたが、書けなかった。
年末に、前から考えていた企画のことがあたまをもたげて、若い人に企画書のようなものを書いてもらったが、まだまだの感。
もうひとつ企画があるのだが、こちらは、まだ文字にするわけにはいかない。
もう少し、時間が要る。

そう。
時間が要ることばかりになってきていて、いくら時間があっても足らない。
おまけに、体力がなくなって、すぐに疲れるから、寝てばかりいる。
これでは、何も進まない。

去年ほど、映画を観ない年はなかったんじゃないかというぐらい映画を観なかった。
映画を作るのが、ボクの仕事のはずが、映画を観ないなんてけしからんと怒る人もいるだろうけど、映画を作る人で、ほとんど映画を観ないという人は、意外に多い。
観なくて済むなら観なくたっていいのかも知れないが、一本でも多くと思っている人間にとっては、何だか、変だ。
では、さぞ、つまらない一年だったろうと思うかもしれないが、これが、何とも、不安を掻き立てて、スリルのある、刺激的な一年だったのだ。
たまには、映画から離れてみることも必要だなとか、このままでいいのかとか、思いは錯綜するが、意図して、映画を観ない日をつづけた。

観たい映画があまりなかったというのもある。
ちょっとこれは観ておかないとなと言う映画がない。
意図が、わかる。
観る前からわかる。
そんな映画ばかりで、それは、映画がつまらないのではなくて、宣伝なんかが、月並みで、意表をつくことをしないのが原因でもある。
あとは、タイトル…

してはならないことをするということ、

特に、これと言って書くことがない。
読み続けていた本も、ルメートルの「天国でまた会おう」を最後に、止まってしまい、再開する見込みがない。
今まで翻訳されたルメートルの本は、全部読んだ。
それも、かなりのピッチで。
取りつかれたように読んだ。
その前は、TRスミスの「チャイルド44」に始まるシリーズ。
そして、「偽りの楽園」。
どれも読んでいて、新鮮だった。
新鮮なんて言葉を使うのが、何だか照れくさいのだが、本を読んで、その世界が新鮮に思えたことなんて、そうはない。
古臭かったり、妙に斬新だったりするが、どちらも、次に来るのは、「退屈」の二文字。
はじめから主人公に共感もできないものもある。
読んで、普通と思うのは、まだましだが、投げつけたくなるようなものもある。
そんな中で、それほど期待せずに読み始めた、「チャイルド44」。
驚いたなんてもんじゃない。
面白くて、面白くて、ページを置くことができない。
小説というジャンルの進化形をみたというか、何なのだろう、あの感覚は。
ひねりが利いていて、映像的。
それまで、あまり良しとされて来なかった、映像的という言葉が、最もふさわしく、この小説にとっては、最大の褒め言葉だ。
かつて、ボクは、数十年前に、
映画を作るように歌を作っていたことがある。
映像を浮かべて詞や曲をつけていくだが、ある時からそれをやらなくなってしまった。
それは、してはいけない雰囲気があった。
あまり、認めてもくれなかった。
映画は映画。小説は小説。歌は歌。
みんな分かれていた。
シナリオのような小説があってもいいと思ったが、書き続けることは不可能だった。
書いても、認められなかったからだ。
映像に出来ないようなことを書くのが小説だと言われていた。
絵を浮かべて書くのは、御法度の時代があったのだ。
それは、日本の小説を読んでいると、いまだにある。
自制が定まらなかったり、場面が明確ではなかったり、事実に即してなかったり、飛躍が全くなかったり、ただただのんべんだらりと書いているだけで、何ら面白みのない。
それが純文学で、芥川賞受賞作だったりする。
飛ぶように売れているものもある。
映画化が進行しているものもある。
しかし、何か、空しい。
例えそれが映画化されても、観てみたいと思ったこともない。
いや、ないことはないが、観ても、小説とは全くかけ離れた展開だっ…

Mさんのこと、

最近、ひとりでコーヒーを飲んでいると、Mさんのことを、思い出すようになった。
Mさんのことは、それまでも、年に何度かは、思い出すのだが、最近では、とみに思い出すことが多くなった。

Mさんとは、公務員(郵便局員)の時の、先輩後輩にあたり、同じ班に属していた。
配達区域も、同じ西新宿で、良く、配達場所を教えてもらった。
昼飯も、待ち合わせて同じ場所で食べた。
旨い店を見つけるのが得意なMさんは、西口会館にあったラーメン屋とか、ハイチと言うドライカレー屋とかを教えてくれた。
コーヒーも好きで、下戸のボクたちは、仕事が終わると、高田馬場の駅前の本屋の入っているビルの地下の喫茶店で、コーヒーを飲んだ。
そして、本の話や、映画の話をした。

勤めて、4年目に入ったころ、ボクは、志していた映画の道を進もうと、勤めを辞めることにした。
今になって思うと、随分と無謀なことをしたものだ。
何のあてもないのに、フランスに渡ったのだから。

同じころ、Mさんも、別の生きる道を見つけていた。
喫茶店を開くことだった。
Mさんは、仕事を終えると、青山だか、渋谷だかの喫茶店に行って、開業のための修業をしていた。

今では、あまり見かけなくなったが、その頃よく見た看板。
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板。
店の売りは、深い焙煎のドリップコーヒーと、シフォンケーキだった。
店は、白壁で、太い梁が、何本も通っている、山小屋とも少し違う、シャレたもので、大体、クラシックが流れていた。
客は、女性がほとんどで、値段は、高めに設定してある。
それでも、そのての店は、結構繁盛していて、あちこちに、
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板が出ていた。
系列店と言うことではないみたいだが、とにかく、沢山あった。

Mさんが、町田に店を開いたのは、ボクがフランスから帰って間もなくの事だったと思う。記憶違いで、Mさんの方が辞めるのははやかったのかも知れない。
いずれにしても、ほぼ、同時期にボクたちは、別の道を歩き始めた。

一度、ボクは、町田のMさんの開いた店に行ったことがある。
まだ、店を始めて、間もないころだった。
Mさんは、確か妹さんとその店をやっていた。
お決まりの、深入り焙煎のドリップコーヒーとシフォンケーキ。シフォンケーキには、ホイップされた生クリームがたっぷりのっている。
ボクは、コーヒー職人と化したMさんを…