2011年3月31日木曜日

2011/03/27

毎日、憂鬱だ。

だから、ブログも書かないことにしていたのだけれど、このままでいくともう、永久にブログを書くこともなくなってしまうんじゃないと思い、憂鬱な気分のまま、書くことにした。

憂鬱の原因は、色々あるけれども、一番大きいのは、原発事故のことだ。

次に、僕自身の体のこと。

でも、震災の被災者の方々のことでは、それほど憂鬱にはならない。

むしろ、励まされる。

あんな酷い目にあっているのに、それでも前向きに生きていこうとしている人たちがいることに、心から感動する。

震災があって何日かは、もちろん塞ぎこんでいたけれども、それからというものは励まされている。

僅かだが、義援金も、外に出るごとに、何度も、募金箱に入れている。

励まされている御礼の意味もある。

今まで、こんなことしたこともなかったけれども、今回は、違う。

なぜ違うのか?

馴染みの東北や関東で起こった地震だからなのか?

それとも、何なんだろう?

良く、判らないが、今回だけは、義援金だけじゃなくて、自分に今、出来ることは何なのか? 今でなくても、近い将来、いや、この先、ずっと、社会の一助になることは何なのか? そればかり考えている。

そのことを考えていると、少し、前向きになる。

気持ちが、前に進んでるのが良く判る。

でも、また、原発のニュースで、憂鬱に引き戻される。

たまらなくなって、呑む。

ツイッターやHPでは、毎日沢山のテレビのニュースとは違った、事実が流れ、一体、どちらが本当なのか、迷う。

ツイッターなどの呟きが本当なら、とても楽観視は出来ないし、風評被害と言う言葉も、当たらない。風評被害とは、事実ではない噂が、人々に被害を及ぼすから言うのであって、本当のことならば、それは、風評とは言わない。

しかし、テレビも、ツイツターも、同じように、風評被害にあわないようにとも言っている。

「東京の水は、乳児以外は、飲んでも健康に影響はない」

との会見の直後に、ツイッターでは、「ミクロン単位の放射性物質のチリひとつでも、体内に入れば、人体に影響がある」ようなことを言ってる。

そんなのは序の口で、政府らの公表はする数字は、捏造だとも言う。

ボクなんかは、どちらを信じたらいいのか?

いや、信じたいのは政府らの言うことだが、鵜呑みにするには、楽観的過ぎる。でも、片方の、反原発を唱える人たちの意見を聞いていると、もう、何をしても無駄のように思えてくる。

これでは、たまらない。

憂鬱になるのも無理はない。

だからどうしたらいいのか?

この憂鬱から抜け出すためには、何をしたらいいのか?

いつしか考えは、そちらの方に行ってしまい、被災者の皆さんのことを、何も考えなくなってしまっている。

苦しいから、逃げ出そうとすると、「卑怯者」呼ばわりされるらしい。

別に、卑怯者でも何でもいいのだけれども、憂鬱がそれで晴れるかというと、怪しい。

だから、「もう、逃げられないのだ」と心に決めて、自分と向かい合うほかはない。

憂鬱からの脱却など考えずに、

「憂鬱は、永遠に晴れることはないのだ」

と、思うことか。

そうして、「ボクの憂鬱君」が、白けて去るのを願うのみなのかな。

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