2011年11月1日火曜日

東京国際映画祭にて、


今日で東京国際映画祭が終わる。

長いようで短い9日間だった。

自作の出品に加えて、コンペの審査員という大役を仰せつかって、14本の映画を観つつ、自作の上映のQAにもでかけた。

へたばっている暇もないほどだった。

14本の映画を観ながら、自作の映画『ギリギリの女たち』のことが気になって仕方がなかった。

そりゃあそうだろう。

心血注いだ映画のお披露目だ。気になるのが当たり前だし、客の反応が知りたいのは、当然のこと。

とくに今作は、色々と冒険をさせてもらったので尚更だ。

それら冒険が、どう受けいられるのか、知りたくてたまらない。

観客に拒否されて、あえなく敗退の憂き目に会うのかもしれない。

ロケ地が被災地だと言うことも気になる。

極力、神経を使って撮影に臨んだつもりだが、それが観客にはどう映ったのか?

心配を通り越して、恐怖心さえ覚えた。

しかし、そんな危惧も取り越し苦労だったようだ。

映画はお客さんに受けいられたようだからだ。

上映が終わって、スタッフやキャストと乾杯をして、その後、中村優子とそのご主人とうちの家内とで食事をして別れた後は、久しぶりに心地良い眠りが待っていた。

夢も見なかった。

そして、今日は、映画祭最終日。

クロージングセレモニーがある。

ボクは、受賞者の名前を読み上げなくてはならない。

ボクは、心から、その人の名前を読み上げるのを、光栄に思っている。

恐らくボクより歳若いその人の作品を観たとき、ボクは、「ああ、この人の作品と出会うために、映画祭の審査員になったんだな」と思った。

人と同様、映画もまた、出会いだ。

そして、映画祭の審査員として、この映画と出会ったことは、まだまだ悲観的になることはなく、映画に希望を持って臨めることを教えてくれた、かけがえのない一本だった。

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