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2010/01/20

ツイッターと言うのをやってみたのだが、何だか登録したら英語になってしまい何が書いてあるのかわからず、簡単らしいが、どう簡単なのかもわからない。
まあ、いいやとなってしまわないよう対策を練らなくてはならない。
とは言え人のつぶやきを読んでいると可笑しい。
鳩山さんなんかのは公人なので、杓子定規だけれども何だかわからない会話が交わされていて、入り込むと面白い。
でも、短文だからな。ボクはひょっとして短文は苦手なのかも知れないな。
×  ×  ×
年末年始は、『春との旅』の小説を書いていて、悪戦苦闘。
本当に辛かった。
病気の方もあるんで、なかなか呑むのにも勇気がいるので、煙草ばかりとなるが、酒が減ると煙草もやや減る。でも、書いているので、その分は増えて、まあ、いつもと変わらずといったところだ。
唐桑で年末年始は過ごそうと思っていたのだが、寒波来襲で、凍りついてしまい、文章なんか書けたももんじゃない。手はかじかむし、ぶるぶる震えて眠るにも眠れず、外ではカモシカが親子でドシドシ走り回っているので、怖い。
本当にこれは怖い。
いつ壁に突進して、突き破ってくるのか。
そればかり気になる。
カモシカを見たことのない人はか細いエゾ鹿なんかを思い浮かべるのかも知れないが、カモシカは牛のようでもある。
しかも何だか汚い。
そんなものが親子で家に入ってきたらどうしようもない。しかも壁を突き破ってきたら、ボクは押しつぶされて死んでしまうだろう。
そんな状況ではハラハラして小説など書けない。
なので、東京に舞い戻り、ひとり年末年始を迎えた次第。
一応、小説の方は、編集者に渡して、今はゲラを待つのみで、ようやくボクにとっては正月休みになったのだけれども、世間はみな仕事なので、ひとり遊んでるわけにもいかずに、まったくもって理不尽な新年を迎えたと言うことだ。
×  ×  ×
フランスで、一月二十七日より、『愛の予感』が公開される。
もし観てない人がいましたら、ご覧下さい。

2010/01/20
今週末から『ワカラナイ』が大阪で公開されます。
何やら変てこな公開で、九州とか名古屋ではすでに上映されているのに、大阪がやっと言うのが、理解できないのですが、いろいろあるんでしょう。
別にどうでもいいことではあるんですが、少し、この映画に対して、配給も宣伝も冷たかったんじゃないかと思えてなりません。
悔いは残りますが、この映画が公開前に、マスコミ試写を行った際の、マスコミの拒絶反応と言うのは想像もできなかったことで、ブログなどで心ある人たちが誉めてくれているのが、救いでもありました。
ボクはこの映画を何の魂胆もなく、作ったつもりですが、そうでなく観た人たちがほとんどと言うのは、何やら、ボクへの報復のような意味あいもあったんだろうと思います。
同じように、昨年作った、『白夜』と言う映画についても、一刀両断で切り捨てる毎日新聞のような人たちもいて、何も観てないだろ! と腹立たしい気持ちです。
でも、なかなか『白夜』と言うのは難しい映画で、恋愛経験のない人には理解しがたいもののようですから、「死ぬ思いで人を好きにならなくて良かったね!」と、毎日のk君なんかには祝福してあげたい気持ちです。
×  ×  ×
ところで相撲ですが、今日もまた駄目で、何と言うか、やはり、日本人で根性のあるのが出て来ないとどうにもならないのですが、それがいないと言うことは、もっともっとインターナショナルにして、オリンピック競技にでもしなくちゃどうにもならないとも思います。
ま、アメリカで相撲が広まらなければ、それも無理だとは思いますが。
生きているうちはこのままでいいけど、死んだ先は、何とかその方向でと一門から外れた人あたりにお願いしたいところです。
×  ×  ×
『アバター』のことを書かなければとずっと思っていたのだけれども、なかなか書けずにいる。
とにかく、素晴らしい。
大傑作!!
と、それだけは書いておきたい。
『ダークナイツ』以来の傑作で、こう言う映画を観ると、映画を作るのが嫌になる。
未見の人はぜひどうぞ!
と、言うことで、今日はこの辺で。

2010/01/21
『高田渡と父・豊の「生活の柄」』を昨日から読み始めた。
それで日が変わって、今日読了。
少し物足りなさは残るものの、ボクの知らなかった高田渡さんがそこにいて、何だか懐かしい気持ちになった。
父親のことが主に書かれていて、渡さんのことは、後半に出て来て、あっと言う間に亡くなってしまうのだけれども、その間のことを書くにはまだ時間が必要な気がするし、この物足りなさは、それはそれで良かったのかなと思った。
生誕祭も還暦で終了し、(とても残念だったけれども、映画の撮影直前で参加できなかった)このような本も出てあとはひとりひとりの心の中で、渡さんは生き続けて行くのだろう。
ボクが映画を作り始めた頃、トリュフォーのドワネルシリーズを観て、思ったのはボクに近い人がそこにいると言うものだったけれども、この本を読んでいて、ボク以上に、ドワネルは高田渡さんだったんだなと思った。
今改めて、そんなことを思う。この本を読んでいて、もうかれこれ30年も前のことが、脳裏をよぎった。そう言う意味では、何だか懐かしい本でもあった。

コメント

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新年の抱負のようなもの、

今年は、何もしないで新年を迎えようと思っていた。
何もしないというのは、初詣とか、もろもろ新年にまつわる行事で、別に、何か理由があるわけではなくて、二日から、もう、クリニック通いが始まったので、ボクの場合は、新年も何もないからだ。
新しい年になったからって、特別、何かが変わったわけでもないし、変わるわけでもない。
新しい年になって、今年こそという気持ちは、あるにはあるのだが、まずは、昨年のことを振り返らないと、今年のことは、なんとも、決めようがない。

というわけで、昨年だが、仲代さんの関係の仕事が、舞い込んできて、リーディングの舞台を演出したのと、「果し合い」という藤沢周平さんの原作を脚色したのと、あとは、オリジナルのシナリオを一本書いたぐらいで、あとは、なんとなく過ごしていた。
もう一本ぐらい、ホンを書こうと思っていたが、書けなかった。
年末に、前から考えていた企画のことがあたまをもたげて、若い人に企画書のようなものを書いてもらったが、まだまだの感。
もうひとつ企画があるのだが、こちらは、まだ文字にするわけにはいかない。
もう少し、時間が要る。

そう。
時間が要ることばかりになってきていて、いくら時間があっても足らない。
おまけに、体力がなくなって、すぐに疲れるから、寝てばかりいる。
これでは、何も進まない。

去年ほど、映画を観ない年はなかったんじゃないかというぐらい映画を観なかった。
映画を作るのが、ボクの仕事のはずが、映画を観ないなんてけしからんと怒る人もいるだろうけど、映画を作る人で、ほとんど映画を観ないという人は、意外に多い。
観なくて済むなら観なくたっていいのかも知れないが、一本でも多くと思っている人間にとっては、何だか、変だ。
では、さぞ、つまらない一年だったろうと思うかもしれないが、これが、何とも、不安を掻き立てて、スリルのある、刺激的な一年だったのだ。
たまには、映画から離れてみることも必要だなとか、このままでいいのかとか、思いは錯綜するが、意図して、映画を観ない日をつづけた。

観たい映画があまりなかったというのもある。
ちょっとこれは観ておかないとなと言う映画がない。
意図が、わかる。
観る前からわかる。
そんな映画ばかりで、それは、映画がつまらないのではなくて、宣伝なんかが、月並みで、意表をつくことをしないのが原因でもある。
あとは、タイトル…

してはならないことをするということ、

特に、これと言って書くことがない。
読み続けていた本も、ルメートルの「天国でまた会おう」を最後に、止まってしまい、再開する見込みがない。
今まで翻訳されたルメートルの本は、全部読んだ。
それも、かなりのピッチで。
取りつかれたように読んだ。
その前は、TRスミスの「チャイルド44」に始まるシリーズ。
そして、「偽りの楽園」。
どれも読んでいて、新鮮だった。
新鮮なんて言葉を使うのが、何だか照れくさいのだが、本を読んで、その世界が新鮮に思えたことなんて、そうはない。
古臭かったり、妙に斬新だったりするが、どちらも、次に来るのは、「退屈」の二文字。
はじめから主人公に共感もできないものもある。
読んで、普通と思うのは、まだましだが、投げつけたくなるようなものもある。
そんな中で、それほど期待せずに読み始めた、「チャイルド44」。
驚いたなんてもんじゃない。
面白くて、面白くて、ページを置くことができない。
小説というジャンルの進化形をみたというか、何なのだろう、あの感覚は。
ひねりが利いていて、映像的。
それまで、あまり良しとされて来なかった、映像的という言葉が、最もふさわしく、この小説にとっては、最大の褒め言葉だ。
かつて、ボクは、数十年前に、
映画を作るように歌を作っていたことがある。
映像を浮かべて詞や曲をつけていくだが、ある時からそれをやらなくなってしまった。
それは、してはいけない雰囲気があった。
あまり、認めてもくれなかった。
映画は映画。小説は小説。歌は歌。
みんな分かれていた。
シナリオのような小説があってもいいと思ったが、書き続けることは不可能だった。
書いても、認められなかったからだ。
映像に出来ないようなことを書くのが小説だと言われていた。
絵を浮かべて書くのは、御法度の時代があったのだ。
それは、日本の小説を読んでいると、いまだにある。
自制が定まらなかったり、場面が明確ではなかったり、事実に即してなかったり、飛躍が全くなかったり、ただただのんべんだらりと書いているだけで、何ら面白みのない。
それが純文学で、芥川賞受賞作だったりする。
飛ぶように売れているものもある。
映画化が進行しているものもある。
しかし、何か、空しい。
例えそれが映画化されても、観てみたいと思ったこともない。
いや、ないことはないが、観ても、小説とは全くかけ離れた展開だっ…

Mさんのこと、

最近、ひとりでコーヒーを飲んでいると、Mさんのことを、思い出すようになった。
Mさんのことは、それまでも、年に何度かは、思い出すのだが、最近では、とみに思い出すことが多くなった。

Mさんとは、公務員(郵便局員)の時の、先輩後輩にあたり、同じ班に属していた。
配達区域も、同じ西新宿で、良く、配達場所を教えてもらった。
昼飯も、待ち合わせて同じ場所で食べた。
旨い店を見つけるのが得意なMさんは、西口会館にあったラーメン屋とか、ハイチと言うドライカレー屋とかを教えてくれた。
コーヒーも好きで、下戸のボクたちは、仕事が終わると、高田馬場の駅前の本屋の入っているビルの地下の喫茶店で、コーヒーを飲んだ。
そして、本の話や、映画の話をした。

勤めて、4年目に入ったころ、ボクは、志していた映画の道を進もうと、勤めを辞めることにした。
今になって思うと、随分と無謀なことをしたものだ。
何のあてもないのに、フランスに渡ったのだから。

同じころ、Mさんも、別の生きる道を見つけていた。
喫茶店を開くことだった。
Mさんは、仕事を終えると、青山だか、渋谷だかの喫茶店に行って、開業のための修業をしていた。

今では、あまり見かけなくなったが、その頃よく見た看板。
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板。
店の売りは、深い焙煎のドリップコーヒーと、シフォンケーキだった。
店は、白壁で、太い梁が、何本も通っている、山小屋とも少し違う、シャレたもので、大体、クラシックが流れていた。
客は、女性がほとんどで、値段は、高めに設定してある。
それでも、そのての店は、結構繁盛していて、あちこちに、
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板が出ていた。
系列店と言うことではないみたいだが、とにかく、沢山あった。

Mさんが、町田に店を開いたのは、ボクがフランスから帰って間もなくの事だったと思う。記憶違いで、Mさんの方が辞めるのははやかったのかも知れない。
いずれにしても、ほぼ、同時期にボクたちは、別の道を歩き始めた。

一度、ボクは、町田のMさんの開いた店に行ったことがある。
まだ、店を始めて、間もないころだった。
Mさんは、確か妹さんとその店をやっていた。
お決まりの、深入り焙煎のドリップコーヒーとシフォンケーキ。シフォンケーキには、ホイップされた生クリームがたっぷりのっている。
ボクは、コーヒー職人と化したMさんを…