2015年4月10日金曜日

2015/03/01


『死の舞踏』の公演が終わり、しばしの間、ぼんやりと過ごしています。
この公演のお話をいただいたのは、去年の八月。
リーディングと言うものを観たことのなかったボクは、「芝居の作りで、台本を手にしていればいい」と言う、プロデューサーの言葉が、いっこうに理解できず、随分と長い間、思い悩んでいました。
渡されたホンも、ボクには、理解できず、困り果てていたのです。
基本、演出家が、翻訳された台本を直し、上演台本とすると言うことを、知らされたのは、随分後になってで、それまでは、役者が出演を決めた元の台本に変更を加えるなど、してはいけないことだと思っていました。
そうではないことを知ってから、ボクの演出の仕事が始まりました。
台本を何度も読み直し、推敲し、また読み、推敲する。
その繰り返しの中から、少しづつ、登場人物たちの動きが見えてきました。
椅子のアイデアを思い付いたのも、その頃からでした。
役者が、ただ椅子に座って、台詞を言ってればそれでいいんじゃいか?
と当初思っていたことが次第に、うち消されていき、そこに、動きが加わって行きました。
随分、沢山の人がこの芝居を見に来てくれました。
色んな意見も聞きました。
長い旅も、公演が終われば、あとは、反省のみです。
やはり、あそこは要らなかったとか、こういう芝居の方がよかったとか。
悔やまれることばかりですが、終わったのですから、仕様がありません。
何にしても、後の祭りです。
しかし、この芝居をやっての、ボクなりの成果と言うものもありました。
かつてから、やってみたくても出来なかった、スクリューボールコメディーにある、機敏な動きと、早口の掛け合いです。
日本語でこれをやる場合、相当役者さんに負担を掛けることになります。
いやがる役者さんもいるにちがいがありません。
しかし、今回は、台本を手にしての、芝居です。
読むことに徹せます。セリフを覚える必要がないのですから。
ですから、なるべく早く、セリフを言って欲しいとお願いしました。
間をもってのやりとりでは、この台本の中の笑いが、みんな打ち消されてしまうからです。
ここで、こころみたことが、いつか何かの形で、引き継がれたらいいなと思います。
とにかく、笑いを!
今は、そんな心境なんです、

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