2010年9月3日金曜日

2010/09/01


夜中に足の具合が悪く、起きる。
薬を飲もうとコップに水を入れてテーブルに向かい薬を飲んでから、飲む薬を間違えていたことに気づいて、舌打ちする。
「ああ、こっちは朝飲まなくちゃいけない薬だったんだな。しまったなあ」
と言ってはみるが後の祭りだ。
改めて、足の方の薬を飲む。
こちらの薬は、漢方薬らしく、足がつるのを未然に防ぐために飲んでいるのだが、気のせいか、これを飲むと足の痙攣が収まっていく。
芍薬甘草湯と言う。
少しほっとして布団に入るが、今度はなかなか寝付けない。どこからか音楽が聞こえる。奥さんの仕掛けた目覚ましかもしれないが、奇妙な音楽だ。
幻聴か?
と慌てて、奥さんに声を掛けるが、起きない。
何だろう…と、気になりだす。
耳を澄ます。
また、聞こえてくる。
こうなるともう寝てはいられない。
起きだして、部屋のあちこちを見て歩くが、音の元はつきとめられない。
仕方なく、また、テーブルに向かい、昨日会った人の話を思い出したりしていた。
今度は明らかに目覚ましの音が聞こえる。
やはり、目覚ましの音ではなかったのだ。
それでは一体、何の音楽だったのか?
考えていた映画のストーリーに妙にあっていたような気がして、やはり、幻聴なのかもしれない。
ああ、今日はだめだ。
何も考えがまとまらない。
倦怠感が全身にまとわりついて離れない。
やはり、休むことにしよう。
と、言うわけで、少し、眠った。
もう例の音楽は聞こえない。
考えていた映画のストーリーも、どこかに消えている。
その代わりに、ある本屋のことが夢に出て来た。
「深夜プラスワン」と言う本屋は飯田橋にある。
昔からある本屋で、ミステリーの専門店。
もちろん本屋さんの名前は、ギャビン・ライアルの小説のタイトルからとられている。
この本屋のことを知ったのは、ボクがまだ二十代の始めのころで、日仏学院に通うようになってからだ。
深夜までやっているこの本屋で、ボクは随分とミステリーの本を買った。
その頃、二階には、レンタルビデオショップがあり、経営は違うと思うが、そこでもビデオを借りた。まだベータとVHSが共存してた頃で、ベータ党だったボクはこの店でビデオを借りるために、やむなくVHSのデッキを買ったのだ。
ヨドバシデンキまで行ってデッキの入った重い大きな箱を抱えて、アパートに帰ったのを覚えている。
家電の安売り店は、まだヨドバシしかなかったのだ。
そこもある種マニアックなビデオショップで、ポール・シュレーダーの『ミシマ』なんかが置かれていて(アメリカからの輸入版)、レンタル料も高かったが、毎日のように一本借りて、小さなテレビで観ていた。
日仏学院が近いこともあって、フランス映画も沢山あったようだ。
もちろん、佳作座とかギンレイホールにも良く通った。
友達と待ち合わせて、神楽坂を入って、右に折れた行き止まりにあったビリヤードにも行き、四つ玉の台を占領して、遊んだ。
ボクが神楽坂の上、白銀町に移り住んだのは、そんな頃だった。
白銀神社の裏手のアパートで、そこで暮らしだしてからも、頻繁に「深夜プラスワン」には通った。
チャンドラーもロス・マクドナルドもこの書店で買って読んだ。もちろん、ギャビン・ライアルもだ。
そんな「深夜プラスワン」が閉店したという。
驚きだ。
最後にこの店に行ったのは、二ヶ月ぐらい前だったか。
確かに、店は閑散としていて、変な雰囲気が漂っていた。
いつもは本で溢れかえっている店内が、本棚も歯が抜けたようにパラパラと本が置かれているだけだ。
改装でもするのかも知れない。
ボクはそう思っていた。
閉店するとは思わなかった。
閉店するなら、とっくにしている筈だからだ。
二階のレンタルビデオショップは、とっくになくなり、「××食堂」とか言う飯屋になっていた。
「この店はずっとつづけるんだろう」とボクは勝手に思い込んでいたのだ。
閉店を知ったのは、ツイッターの誰かの書き込みだ。
「ああ、だから店はあんな状態だったのか」と合点はいったが、ショックは隠せない。
またひとつ神楽坂に行く理由を失ってしまった。
そうだな、ビリヤード場もとっくの昔になくなってしまったな。

昼ご飯を抜いたので、久しぶりにカルピスを飲み、バタークッキーを齧った。
レーズンの沢山入ったバタークッキーは、函館のお店のものだろう。
包み紙に見覚えがある。
息子の友達の家族が夏休みを利用して北海道に行ったらしく、お土産にもらったものだ。
その店の名前は忘れたが、『クロージング・タイム』が函館の映画祭で掛かることになり、町を歩いているとき、見つけた店だ。
その店で、誰か映画祭の人だと思うが、コーヒーを飲んだことがあった。
随分と高いコーヒーだったことを覚えている。

何か、いろんなことが断片的に思い出されていく。
なにを見ても何かを思い出すとは、チャンドラーだったかの短編集のタイトルだが、毎日がそんな感じだ。
「何を見ても何かを思い出す」。

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