2015年5月22日金曜日

2015/05/21

今日は、ようやく、抱えていた時代劇のシナリオが、決定稿へ。
すがすがしい気分。
とは言え、まだ、予断は許されないのだが…。
原作ものと言うのは、こんなに大変なものなのかと、改めて思った。
どうも、特別なんだろうけど、著作権者がうるさすぎ。これじゃ、書き手は、委縮してしまうし、監督だって、困るだろうに…。
しかし、それは、御大の監督だから、屁とも思ってないのは、承知してますが。
ま、とにかくの、最終打ち合わせを「麦」でして、その後、目の前で直して、終了。
月曜日か火曜日には、決定稿が届く模様。
時代劇は、これでお役御免。
ああ、長かったなあ。去年の11月辺りだったからなあ。
ずっと、これに関わってたわけじゃないけど、初めての時代劇に取り組むには、それなりの覚悟もあったり、判らないこともあったから、調べたり。
プロデューサーのお二人と別れて、ボクは、ひとり打ち上げ。
時間つぶしもかねて、サワーと焼き鳥を少々。

それから一時間ほどして、前から約束していた友人たちと会う。
ひとりは、ボクの映画の助監督をしたことのある人で、もう一人は、ボクの、『春との旅』の製作面で、橋渡しをしてくれた人。どちらも、ボクの映画のファンでいてくれていて、ボクの方が、お世話になっているのに、ボクの方からは、何もしてやれていない悔やみのある存在。
それでも、楽しく数時間を過ごした。
映画の話をしている時が一番楽しいのだけれど、テレビの話をするのも、好きだ。
二人が、今、テレビの世界にいる人なので、昔懐かしもあって、とにかく、大いに盛り上がった。
ボク一人だったのかも知れないけど。(笑)

ボクは、読み手であり、観客のほうが向いてるのかも知れないと、最近思う。好きなのが、それなのは、はっきりしている。
とはいえ、評論に手を染めるつもりはないのだけれど。

昨日のことを、書こう。
昨日、ボクは、映画を観るつもりでいた。
観たい映画の試写状がまわってきたからだけど、やはり、行かなかった。
別に、何かがあったからではなくて、ただ単に、午前中、動いていたので、疲れてしまったからだ。
何に動いていたかって?
買い物。
それだけ。
以前十数年住んでいた東雲に行こうとしていたのだ。

そこには、バカでっかいスーパーがある。イオンだ。
その日が、イオンデーだからと言うわけではない。イオンデーは、たまたまだった。何%かの割引があるので、カミさんも、張り切って、買い物をしていた。
ボクは、辺りをうろうろ。
「早く終わらないかなあ」
などと、長蛇のレジの列に並ぶ、カミさんを眺めていた。
ふと、周りの人たちに目をやった。
「あれ? 何か、変だ」
そうボクは、言葉にしていた。
何かが変なのだ。
何が変なのかは、判らなかった。
判らないまま、帰りの車を走らせていた。

「そうか!」
と、ようやく気付いたのは、家に帰ってからだった。
十数年前、ボクらが東雲に越したとき、あたりは、空き地だらけで、あまり人気もなかった。
それがどんどん、人が押し寄せてきて、高層マンションも、どんどん建って行った。
豊洲に巨大なショッピングセンターが出来て、その勢いは加速していった。
ボクの居たマンションでは、DINKSとか言われる、子供を持たない若い夫婦が中心で、あとは、小さい子供が、ひとりかふたりいる夫婦。たまに高齢者も見かけるが、親子で住んでいる人が多かった。
それは、ボクがそのマンションを出て大阪に行くまで続いた。
ボクが、大阪に行ったのは、311の震災の年の一月だが、それまで、その街の住人の大半は、そんな人たちで占めていた。

しかしだ。
その日見た、あの町にいる住人たちは、高齢者がほとんどだったのだ。
もちろんママチャリに乗って、走る若い主婦の姿もあったが、特に、スーパーのレジに、カウンターに。
買い物袋に買ったものを詰め込んでいる人たちのほとんどが、高齢者だった。
一気に、みんなが歳をとったのか?!
一瞬、そう思ったが、そんなはずはない。

ボクらが引っ越す前の年。
ボクらの住んでいたマンションの向いに、高層マンションが建設されていた。
聞けば、そのマンションは、都の職員の住宅なんだと言う。
都庁が、新宿に移転し、お城か要塞に変わったかと思えば、こんどは、職員住宅が高層かいと、鼻白む気持ちだったが、そんな当初の思惑は、震災で、崩壊したようで、今、その都の職員の為の住宅は、被災地の人たちの住居となっているようだ。

しかし、町の形相が変わる程までにとは思っていなかった。
地方にある郊外型のイオンに入ったことがあるが、その比じゃない。
もちろんみんながみんな被災者と言うことはないのだろうけど、高齢者だと言うことに違いはない。

町は、変わる。
今ボクがいるところは、ボクが18ぐらいまで家族と暮らしていた町だけど、町の様子も変わったが、それよりもなによりも、住んでいる人たちが変わった。
顔見知りの人は、ほんのわずかで、そんな顔見知りでも、今では、はっきりと判別がつかないので、挨拶すら出来ない。
町が変われば、そこに住む人も、変わると言うことを、この日ほど、思い知ったことはない。

一見、鼻持ちならない、気取りのある町だった東雲が、何だか、凄く、自分に近しい、老若男女入り混じった町へと変貌したのを見て、ちょっと惜しい気がした。
ずっとここに住んでたらなあと、思いを馳せた。

今いるこの町も、昔は、下町に属していた。
「どこに住んでるの?」
と、訊かれて、答えると、大体、
「ああ、下町ね」
の答えが返って来たものだ。
ヤクザがいて、おまわりがいて、職人がいてと、言った具合に。
今、この町に、すててこはいて、腹巻した、昔風のヤクザはいない。寅さんみたいなのもいない。赤旗を配ってた、説教好き、議論好きの正義感もいない。警察官はいるが、おまわりは、いない。
職人だけは、細々といるようだが、表に出て仕事をしてないせいか、あまり見たことがない。

時代が変わり、町が変わると、住む人も変わる。
良いとか悪いとかを言ってるんじゃなくて、ただただ、惜しいの一言が、残る。

「惜しいなあ…」
と、

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