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さらば荒野と、ハピネスの間に、あるもの。あるいは、夜また夜の、深い夜、

桐野夏生の隠れたファンだった。
OUTを、読んだのが、始まり。
それから、何を読んだのか。
随分昔の事なので、忘れてしまったけれど、二冊目だか、三冊目に、ミロシリーズを読んだ。
これには、のけぞった。
何か、得体の知れない女が出て来て、探偵稼業をしている。
とても、稼いでいるとは、思えないのだが、新宿二丁目だか、三丁目に事務所兼棲家を構えていて、とにかく生きてる。
オカマが出て来たり、ヤクザが出て来たり、警察が出てきたり。
とにかく、そこには、東京の、かつてあった東京の、町を形成する、全ての要素がつまり、炸裂していた。
もっとも、破壊的なのは、DARKだった。
これには、唸り、仰天した。
今でも、あの大冊を、一晩で読んだのを覚えている。
これを映画にしたい!
と、痛切に、思った。

でも、DARKだけを、映画にするんじゃ、お客は何の事やらさっぱりわからないし、ボク自身も、ちょっと、躊躇する気持ちもあった。
やるなら、ミロシリーズを全部、映画化するしかない。あるいは、一本の映画に、全てのエキスを注入しなければならない。
途方もない、妄想のように、膨らんでいった。

それでも、日を重ねるごとに、思いは、募るばかり。
それで、ボクは、勇気をもって、出版社に電話した。
「桐野さんの作品は、直接、事務所に電話してください」
と、電話番号を聞かされた。
噂では、桐野さんの映画化権は、ある製作会社がもっているとも聞いた。
だから、どうしようかと思ったが、桐野さんの個人事務所に、電話した。
たまたま、エドガー賞の候補になった時だった。
事務所の電話に出た女性は、桐野さんの映画化権については、アメリカのエージェントに預けているとのこと。
メールアドレスをお知らせしますから、そちらに直接問い合わせてくださいとのことだった。

ああ、ここまでかと、その時思った。
何せ、映画化権と言っても、承諾を得たからと言って、映画化出来るとは、限らないし、アメリカのエージェントとなったら、まず、契約と言うことになるし、とんでもない額の金を要求してくるのは、必死だし、こちらは、基本、自主映画なんだから、自腹で、5年なりの契約を結び、何百万もの金を先払いし、水の泡と言うことにも、なりかねない。

何冊も、何冊も、中古の本を買い集め、これは、書き込み用とか、これは、プレゼン用とかに区分けして、文庫の新刊も何組(上下巻なので)か買い、一組には、ガムテープで張り付け、毎日バッグに、忍ばせて、持ち歩いていたりもした。
でも、その電話で、全てが水泡に帰した。
ああ、ダメか…。
と、ため息をついた。

そんなことがあったので、次第に、桐野さんの本を読まなくなった。
機を同じくして、桐野さんの小説が、書簡体になったのも、あった。
書簡体は、饒舌だ。
三人称の小説とは、違って、なかなか集中しないと、絵が浮かばない。
つまり、読みづらいと言うことだ。
徹底的に、登場人物の性格を掘り下げる桐野さんの小説での、ある意味、到達点なのだが、ちょっと、読者としては、ついていけないところもあった。

だから、何年も、桐野作品とは、疎遠になっていた。
そんな経緯があったのだが、最新作、夜また夜の、深い夜を読んだことで、(それもまた、書簡形式なので)「ああ、またか。残虐記あたりに、戻ったのか」と言う、軽い失望はあったものの、最期まで読むと、ちょっと、考えが変わった。
どう変わったのかと言うと、桐野さんが、読者を意識して、書くようになったのだなと言うことだ。
それまでの桐野ワールドは、薄まったものの、したたかさが、読みやすい文体の中で、有機性のようなものを帯びているように感じたのだ。

有機性と言うか、流動性と言うか。
あるいは、連続性と言うか。
それぞれが、一本の作品なのに、その一本で、完結していない。
全てが、メビウスの輪のように、結びついている。
しかもそれが、意図的なのだ。
それでいて、一本一本に、丹念な取材が、なされているー。

そんな推測を確認するために、さらば荒野とハピネスを読んだ。
それで、んーと、唸ってしまったのだ。
桐野さんと言う作家は、当初、ドストエフスキー的だなと思っていた。
しつこいぐらいに、あるいは、てんかん症的と言うか、徹底して、対象を見詰めるその姿勢が、どこか似ていると思っていた。それが、この三作から遡って、、柔らかな頬あたりまで思いを巡らすと、また、違った地平が、見えてきたのだ。

バルザックなのか?!
ルーゴンマッカール叢書を書いたエミールゾラなのか?!
いずれにしても、桐野さんが、人生を賭けてとてつもない試みをしているように思えたのだ。
これは、ボクにとって、目も眩むような発見だった。
現代で。
今。
こんな試みをしている人がいる!

それは、同時に、内省すると言うことでも、ある。
同じ、作り手でありながら、なんて怠惰なのだろうと、自分に問い詰めることでも、ある。
自分の不甲斐なさに、自責の念に駆られる。

誇大妄想でもいいから、大きな志をもって、生きたい。
ただの妄想でいいのだ。
どうせ、そのうち、逝っちまうんだからな、

コメント

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新年の抱負のようなもの、

今年は、何もしないで新年を迎えようと思っていた。
何もしないというのは、初詣とか、もろもろ新年にまつわる行事で、別に、何か理由があるわけではなくて、二日から、もう、クリニック通いが始まったので、ボクの場合は、新年も何もないからだ。
新しい年になったからって、特別、何かが変わったわけでもないし、変わるわけでもない。
新しい年になって、今年こそという気持ちは、あるにはあるのだが、まずは、昨年のことを振り返らないと、今年のことは、なんとも、決めようがない。

というわけで、昨年だが、仲代さんの関係の仕事が、舞い込んできて、リーディングの舞台を演出したのと、「果し合い」という藤沢周平さんの原作を脚色したのと、あとは、オリジナルのシナリオを一本書いたぐらいで、あとは、なんとなく過ごしていた。
もう一本ぐらい、ホンを書こうと思っていたが、書けなかった。
年末に、前から考えていた企画のことがあたまをもたげて、若い人に企画書のようなものを書いてもらったが、まだまだの感。
もうひとつ企画があるのだが、こちらは、まだ文字にするわけにはいかない。
もう少し、時間が要る。

そう。
時間が要ることばかりになってきていて、いくら時間があっても足らない。
おまけに、体力がなくなって、すぐに疲れるから、寝てばかりいる。
これでは、何も進まない。

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観なくて済むなら観なくたっていいのかも知れないが、一本でも多くと思っている人間にとっては、何だか、変だ。
では、さぞ、つまらない一年だったろうと思うかもしれないが、これが、何とも、不安を掻き立てて、スリルのある、刺激的な一年だったのだ。
たまには、映画から離れてみることも必要だなとか、このままでいいのかとか、思いは錯綜するが、意図して、映画を観ない日をつづけた。

観たい映画があまりなかったというのもある。
ちょっとこれは観ておかないとなと言う映画がない。
意図が、わかる。
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そんな映画ばかりで、それは、映画がつまらないのではなくて、宣伝なんかが、月並みで、意表をつくことをしないのが原因でもある。
あとは、タイトル…

してはならないことをするということ、

特に、これと言って書くことがない。
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そして、「偽りの楽園」。
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そんな中で、それほど期待せずに読み始めた、「チャイルド44」。
驚いたなんてもんじゃない。
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映画を作るように歌を作っていたことがある。
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それは、してはいけない雰囲気があった。
あまり、認めてもくれなかった。
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自制が定まらなかったり、場面が明確ではなかったり、事実に即してなかったり、飛躍が全くなかったり、ただただのんべんだらりと書いているだけで、何ら面白みのない。
それが純文学で、芥川賞受賞作だったりする。
飛ぶように売れているものもある。
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しかし、何か、空しい。
例えそれが映画化されても、観てみたいと思ったこともない。
いや、ないことはないが、観ても、小説とは全くかけ離れた展開だっ…

Mさんのこと、

最近、ひとりでコーヒーを飲んでいると、Mさんのことを、思い出すようになった。
Mさんのことは、それまでも、年に何度かは、思い出すのだが、最近では、とみに思い出すことが多くなった。

Mさんとは、公務員(郵便局員)の時の、先輩後輩にあたり、同じ班に属していた。
配達区域も、同じ西新宿で、良く、配達場所を教えてもらった。
昼飯も、待ち合わせて同じ場所で食べた。
旨い店を見つけるのが得意なMさんは、西口会館にあったラーメン屋とか、ハイチと言うドライカレー屋とかを教えてくれた。
コーヒーも好きで、下戸のボクたちは、仕事が終わると、高田馬場の駅前の本屋の入っているビルの地下の喫茶店で、コーヒーを飲んだ。
そして、本の話や、映画の話をした。

勤めて、4年目に入ったころ、ボクは、志していた映画の道を進もうと、勤めを辞めることにした。
今になって思うと、随分と無謀なことをしたものだ。
何のあてもないのに、フランスに渡ったのだから。

同じころ、Mさんも、別の生きる道を見つけていた。
喫茶店を開くことだった。
Mさんは、仕事を終えると、青山だか、渋谷だかの喫茶店に行って、開業のための修業をしていた。

今では、あまり見かけなくなったが、その頃よく見た看板。
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板。
店の売りは、深い焙煎のドリップコーヒーと、シフォンケーキだった。
店は、白壁で、太い梁が、何本も通っている、山小屋とも少し違う、シャレたもので、大体、クラシックが流れていた。
客は、女性がほとんどで、値段は、高めに設定してある。
それでも、そのての店は、結構繁盛していて、あちこちに、
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板が出ていた。
系列店と言うことではないみたいだが、とにかく、沢山あった。

Mさんが、町田に店を開いたのは、ボクがフランスから帰って間もなくの事だったと思う。記憶違いで、Mさんの方が辞めるのははやかったのかも知れない。
いずれにしても、ほぼ、同時期にボクたちは、別の道を歩き始めた。

一度、ボクは、町田のMさんの開いた店に行ったことがある。
まだ、店を始めて、間もないころだった。
Mさんは、確か妹さんとその店をやっていた。
お決まりの、深入り焙煎のドリップコーヒーとシフォンケーキ。シフォンケーキには、ホイップされた生クリームがたっぷりのっている。
ボクは、コーヒー職人と化したMさんを…