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あたたかいほほえみの中で、

見出しの「あたたかいほほえみの中で」が、その日のコンサートのタイトル。PART18とあるので、18回目のコンサートなのだろう。
拝見したのは、初めてのことだ。
仲代圭吾さん、行代美都さん、仲代達矢さんの三人のコンサートで、三人が、唄う。
二部構成で、一部は、圭吾さんの「モンパパ」から始まった。「モンパパ」は、凄く古い曲だ。確か、ボクは、エノケンが唄うのを聞いたことがある。40年以上前のことだ。
唄をうたっていたボクは、その頃、古今東西のレコードを買い漁っていたのだが(とは言え、月に5枚買えればいい方で、ほとんどの月は、2.3枚しか買えなかった。
金がなかったからだ。
その中に、えらく高いレコードがあった。
布張りのボックスで、レコードが3枚ぐらい入っていたと思う。エノケンのレコードだ。
そのボックスにおさめられていた曲の中に、入っていたと思う。
明るく楽しい「モンパパ」から始まったこのコンサートに、すっかり魅了されたボクは、片手に、プログラムを見ながら、次の曲、次の曲といった具合に、目で追いながら、ステージを見ていった。

圭吾さんのステージは、楽しいおしゃべりの中、テンポよく進んでいく。
途中、奥さんの美都さんが、二曲歌い、再び、圭吾さんとなり、カンツォーネとオペラ。しかも、マイクを外しての、熱唱だ。
これには、驚いた。
80の坂を越えようとしている人の声ではない。
後で、達矢さんが、舞台で言っていたが、圭吾さんは、毎日日課のように、早朝の発声練習を怠らないのだそうだ。
これには、もう、敬服するしかない。

二部は、ムスタキの「私の孤独」から。
ボクは、最初ファンだったのだけれども、ムスタキと言う人が、だんだん好きではなくなっていった経緯があり、「え? ムスタキ唄うの?」と、訝しんだが、詩の良さと、圭吾さんの唄の良さで、改めて、この曲が、好きになった。
基の、ムスタキの唄うのは、相変わらず、嫌いになったままなのだが。

なぜムスタキを嫌いになったのかと言うと、ブラッサンスやブレルやレオフェレの存在を知り、聴くようになったからだ。
彼らに比べると、唄が軟弱な気がしてならない。
軟弱な唄があってもいいのだが、その頃のボクは、何か、偏っていて、ムスタキは、ダメ! と、勝手に決めつけていたようだ。あの風体も、ポーズのようにしか見えない。坊主憎けりゃなんとやらだった。

唄は、続き、圭吾さんが、仲代達矢さんを紹介している途中から、キュウだしを間違えたのか、達矢さんが登場、語りを始めた。
あの独特の語り。
いわゆる台詞回しが、始まったのだ。
「ミスター・ボージャングルス」である。

この唄は、昔から聞いている。
ジェリー・ジェフウォーカーが作ったこの唄は、ニッティ・クリティー・ダートバンドが唄い大ヒットした。日本では、中川五郎さんが訳して、唄っていた。40年以上も前の話だ。
その唄の設定を、役者に置き換えて、達矢さんが語り、圭吾さんが唄うのだが、もう、これは、元がフォークソングだなんてことは、どうでもよくなってしまうぐらいに、彼らの唄になっていた。
唄とは、そんなもんなんだろう。
歌い手に、引き継がれ引き継がれして、変わっていく。
ボクは、大昔、唄をかじってたことがあり、唄うことはともかく、聴く側にたつと、なかなかうるさい。面倒な聴き手だ。
でも、仲代兄弟の唄う「ボージャングルス」には、そんな余計なことは、何も考えずに、単純に楽しめたし、素晴らしい唄だった。べつに、よいしょしてるわけではない。
コンサートは、アンコールの二曲があって、終わった。
予定になかった「枯葉」では、再び、達矢さんの語りが聴けた。
2時間程のこのコンサートは、題名が示す通り、あたたかなほほえみに包まれていた。
また、聴きたいなあと言う思いが強い。
とにかく、いいコンサートだった。

以前は、喫茶店。最近は、ライブハウスと、少人数の場所でしか、音楽と接してないボクは、久し振りのコンサートに、違和感を持たなかったかといえば、嘘になる。
壇上で唄うことに、権威を感じるからだ。
しかし、そんな考えにこそ、終止符を打つべきなのだとも思う。
芝居が、劇場で。映画が、映画館で上映されるのは、どうなるのか? と言うことになる。
同じ壇上ではないかと。
唄う事だけが、小上がりでなくちゃならないなんてことはないだろう。
お客さんと、同じ高さと言う事はないだろう。

ライブハウスで、ビールを呑み、タバコを吸い、唄を聴く。更に、唄い手も、ワインを呑み、タバコを吸う。
それもいいが、コンサートもいい。

帰りの車内で、ひとり、戦慄してたのには、訳がある。
来月、どうすんだ?!
と。
あの兄弟の中に、どう紛れたらいいんだ?!
と。
そして、こうも思った。
あー、ギターが弾けたらなあ、と。
リハビリしても、曲がらない、左手の指をまじまじと見て、思う。
笑止千万なことはわかっていながら、でも、これでやっと、好きなフィリップ・レオタールのように歌えるのかな?
などと、夢想する。
あと、10年後ぐらいに、




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新年の抱負のようなもの、

今年は、何もしないで新年を迎えようと思っていた。
何もしないというのは、初詣とか、もろもろ新年にまつわる行事で、別に、何か理由があるわけではなくて、二日から、もう、クリニック通いが始まったので、ボクの場合は、新年も何もないからだ。
新しい年になったからって、特別、何かが変わったわけでもないし、変わるわけでもない。
新しい年になって、今年こそという気持ちは、あるにはあるのだが、まずは、昨年のことを振り返らないと、今年のことは、なんとも、決めようがない。

というわけで、昨年だが、仲代さんの関係の仕事が、舞い込んできて、リーディングの舞台を演出したのと、「果し合い」という藤沢周平さんの原作を脚色したのと、あとは、オリジナルのシナリオを一本書いたぐらいで、あとは、なんとなく過ごしていた。
もう一本ぐらい、ホンを書こうと思っていたが、書けなかった。
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そんな映画ばかりで、それは、映画がつまらないのではなくて、宣伝なんかが、月並みで、意表をつくことをしないのが原因でもある。
あとは、タイトル…

Mさんのこと、

最近、ひとりでコーヒーを飲んでいると、Mさんのことを、思い出すようになった。
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今になって思うと、随分と無謀なことをしたものだ。
何のあてもないのに、フランスに渡ったのだから。

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客は、女性がほとんどで、値段は、高めに設定してある。
それでも、そのての店は、結構繁盛していて、あちこちに、
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板が出ていた。
系列店と言うことではないみたいだが、とにかく、沢山あった。

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いずれにしても、ほぼ、同時期にボクたちは、別の道を歩き始めた。

一度、ボクは、町田のMさんの開いた店に行ったことがある。
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ボクは、コーヒー職人と化したMさんを…

してはならないことをするということ、

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