2010年8月11日水曜日

2010/08/04



昨夜は、霧で、向うの山も見えなかったが、今朝は快晴。
気温も、昨日と比べると少し高いようだ。
しばらく国会中継眺めるが、憂鬱になってきたので、切って、パソコンに向う。
こちらに来て、もう二週間以上経つのだが、近目用のメガネを掛けることがなくなってしまった。
ほとんどは、一本の遠近だけで済む。
これには驚いた。
東京では、家にいるときは、ずっと近目用のメガネを掛けているのだが、ここでは、本を読むとき以外、必要がない。
その本も、こちらにきてさっぱりなので、全く、必要がなくなってしまったと言うわけだ。
窓を開けていると、涼しい風が入ってくる。
ボクは、用がない限りほとんど外に出ないので、今日もまだ、外には出ていないが、日差しが強く、室内に慣れた目には、辺りがハイキーに飛んでしまう。
目が慣れるまで、随分と時間が掛かるようになった。
車を
運転していても同様で、瞳孔がうまく明暗に対応していないのかもしれない。
ま、これも、病気のひとつの症状なのだろう。
午後からも少しだけ、国会中継見る。
それから、『広州5.18』観る。
広州事件についてのことを、何も知らなかったボクが、この事件に興味をもったのは、桐野夏生さんの「DARK」を読んでからで、この小説を映画にしたいとずっと思っていて、広州事件にも興味を抱いた。
それで、この映画のDVDを手に入れたのだけれど、なかなか観る機会がなかった。
何度か、手に取って封を破り、観る寸前まで行くのだけど、その先の食指が動かない。
それでも、今日、ようやくこの映画を観たのだけど、事件のことはなんとなく判ったものの、それ以上のことは何も伝わってこなかった。
残念でならない。
最近観た韓国映画は、どれも似た傾向にあるようで、どんなに深刻なテーマでも、そこに娯楽性が加味されて、おどけたピエロ的人間が現れ、そのシーンで、緊張をほぐすようになっている。
そして、過剰なセンチメンタリズム。
どうしてこうなってしまうのか?
世界的に評価された監督の映画でも、同様で、明らかに興行的なヒットを期待しているのは判るのだけれども、その分、作品としての評価は、落ちてしまっているように思う。
日本とはまた違った意味で、映画産業も深刻なところに来ているのだろう。
家族で、花火。
ダイソーで買った24連発の花火は、100円のわりるには楽しめた。
それでも、あと一つか二つ、買っておけばよかった。
あっと言う間に終わってしまい、後は、スーパーで買ったセットの花火で、あまり面白いものはなかった。
部屋に戻って、映画観る。
『アンタッチャブル』。
これも本当に久しぶりだ。
最初に観た時には、二度は観るまいと思っていたが、この映画と20数年ぶりぐらいに再会した。
見覚えのある懐かしい顔が現れた。
その人の名は、チャールズ・マーティン・スミス。
素晴らしい俳優だ。
調べたら、ボクと同年のようで、尚更嬉しくなってしまった。
気弱な男を演じたら、この人の右に出る人はいないんじゃないだろうか?
デ・パルマの映画には、お馴染さんが沢山現れるようだが、この映画では、デ・ニーロと監督が、ケビン・コスナーを迎えて、充分にもてなしたと言う感じで、なかなか素敵な友情を感じる娯楽作だ。
デビット・マメットの脚本も快調で、淀みない。
最初に観た時の印象より数倍良く、自分でも驚いている。
息子も一緒に観たので、吹替えの方で観たのだが、息子もなんとなく満足した様子。
それも、また、楽しいものだった。
随分と今年の夏は、遊んだので、そろそろ仕事モードになろうと思うのだが、なかなかね。
でも、こんなにリラックスした日々を過ごすのも、初めてのことで、病気のおかげだと言ってもいいかも知れない。
ああ、そうか!
近いうちに、『今を生きる』を観よう!

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