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2010/08/05

近くの大工さんが来て、雨どいの修理をしてくれている。

ボクは、お昼に、気仙沼へ。

上映会、最後の打ち合わせ。

帰りに、玉子と牛乳買う。

糖尿の時は、玉子などは、コレステロールが高いので控えていたのだけど、腎臓となると、カロリー制限の他に、塩分、タンパク質の制限があり、少量の高タンパク。特に、に玉子、肉などをとった方がいいと言うので、毎日、玉子を一個は食べる。肉は、焼肉なら、一切れかふた切れ。

それで一食は、おしまいと言うことになる。

空腹を満たすのは、でんぷんが一番いいのだが、タンパク米、タンパクパンなど食べては見たが、ほんとうに味はひどいもので、これを食べるなら、ひもじい思いをした方がいいという気になってしまう。

でも、カロリーを摂らないと、てきめんに無気力になるし、第一、体が動かない。

難しいところだ。

日が暮れてから、ペキンパーの『ゲッタウェイ』観る。

若いころは、ペキンパーの映画というのは、それほど好きではなかった。

トリュフォーは、映画にスローモーションはあり得ないという。映画的ではないというのだ。むしろ、ストップモーションだと。

ボクもそのように思った。

スローモーションは、使い方によっては必要以上にセンチメンタルになるきらいがあり、一瞬を記憶にとどめるストップモーションの方がより洗練されたオプチカル処理だというのだ。

事実、トリュフォーは一切、自作の映画でスローモーションを使っていないし、見事なほどの、まさに、映画史に残るようなストップモーションの使い方をしている。『突然、炎のこどく』のストップモーションでとらえたジャンヌ・モローなどは、今でもしっかりと脳裏に焼き付いている。

だからというわけではないが、アクション映画にスローモーションを取り入れたペキンパーの映画は、映像美とか、映画の美学とかもてはやされたが、ボクとしては、退屈な、センチメンタルなものでしかなかった。

デ・パルマの映画も同様だ。

しかし、今、そんな若いころの映画の見方から離れて、単純に映画を楽しむようになって、ペキンパーの代表作であり、ヒット作である『ゲッタウェイ』を観ると、その見事な演出ぶりに舌を巻かざるを得ないのだ。

素晴らしい!

としか言いようがない。

映画は、主人公のスチーブ・マックイーンが、銃砲店でショットガンを手に入れてから、我全、熱を帯びてくる。

そして、ラストのまさにチャップリンの『街の灯』同様の、走る車のバックショットまで、主人公とその妻、アリー・マッグローの逃走劇は続く。

この映画を、ハッピーエンドととるむきは、初めからこの映画を観る資格すらないと思う。

他のペキンパー作品を観ればいい。

『ワイルド・パンチ』でもいいだろうし、『砂漠の流れ者』でもいいだろう。むしろ、それらの映画の方が、ペキンパーらしさは出ている。

しかし、ボクは、今、過去にペキンパーを否定していた人間として、この『ゲッタウェイ』を推したい。

サム・ペキンパーという映画作家の個性が100パーセント出た映画ではないのかも知れないが、この優柔不断で、決断力のない、小市民的なコソ泥が、妻の裏切りから男として成長していく様が、あたかも良質な文学作品のように気品に満ち描かれていく。

もちろん、ペキンパーの映画に付きものの暴力も、ある節度の中で、美しく描かれている。当時の大スター、スティーヴ・マックイーンを主人公に迎え、ペキンパーは職業監督としての仕事をこなしたばかりか、自身の代表作にもしている。B級映画のお手本のような映画だ。

この映画のシナリオは、ウォルター・ヒル。彼の出世作と言ってもいいだろう。無駄のないそのシナリオ作法には、学ぶところも多いに違いない。

コメント

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新年の抱負のようなもの、

今年は、何もしないで新年を迎えようと思っていた。
何もしないというのは、初詣とか、もろもろ新年にまつわる行事で、別に、何か理由があるわけではなくて、二日から、もう、クリニック通いが始まったので、ボクの場合は、新年も何もないからだ。
新しい年になったからって、特別、何かが変わったわけでもないし、変わるわけでもない。
新しい年になって、今年こそという気持ちは、あるにはあるのだが、まずは、昨年のことを振り返らないと、今年のことは、なんとも、決めようがない。

というわけで、昨年だが、仲代さんの関係の仕事が、舞い込んできて、リーディングの舞台を演出したのと、「果し合い」という藤沢周平さんの原作を脚色したのと、あとは、オリジナルのシナリオを一本書いたぐらいで、あとは、なんとなく過ごしていた。
もう一本ぐらい、ホンを書こうと思っていたが、書けなかった。
年末に、前から考えていた企画のことがあたまをもたげて、若い人に企画書のようなものを書いてもらったが、まだまだの感。
もうひとつ企画があるのだが、こちらは、まだ文字にするわけにはいかない。
もう少し、時間が要る。

そう。
時間が要ることばかりになってきていて、いくら時間があっても足らない。
おまけに、体力がなくなって、すぐに疲れるから、寝てばかりいる。
これでは、何も進まない。

去年ほど、映画を観ない年はなかったんじゃないかというぐらい映画を観なかった。
映画を作るのが、ボクの仕事のはずが、映画を観ないなんてけしからんと怒る人もいるだろうけど、映画を作る人で、ほとんど映画を観ないという人は、意外に多い。
観なくて済むなら観なくたっていいのかも知れないが、一本でも多くと思っている人間にとっては、何だか、変だ。
では、さぞ、つまらない一年だったろうと思うかもしれないが、これが、何とも、不安を掻き立てて、スリルのある、刺激的な一年だったのだ。
たまには、映画から離れてみることも必要だなとか、このままでいいのかとか、思いは錯綜するが、意図して、映画を観ない日をつづけた。

観たい映画があまりなかったというのもある。
ちょっとこれは観ておかないとなと言う映画がない。
意図が、わかる。
観る前からわかる。
そんな映画ばかりで、それは、映画がつまらないのではなくて、宣伝なんかが、月並みで、意表をつくことをしないのが原因でもある。
あとは、タイトル…

してはならないことをするということ、

特に、これと言って書くことがない。
読み続けていた本も、ルメートルの「天国でまた会おう」を最後に、止まってしまい、再開する見込みがない。
今まで翻訳されたルメートルの本は、全部読んだ。
それも、かなりのピッチで。
取りつかれたように読んだ。
その前は、TRスミスの「チャイルド44」に始まるシリーズ。
そして、「偽りの楽園」。
どれも読んでいて、新鮮だった。
新鮮なんて言葉を使うのが、何だか照れくさいのだが、本を読んで、その世界が新鮮に思えたことなんて、そうはない。
古臭かったり、妙に斬新だったりするが、どちらも、次に来るのは、「退屈」の二文字。
はじめから主人公に共感もできないものもある。
読んで、普通と思うのは、まだましだが、投げつけたくなるようなものもある。
そんな中で、それほど期待せずに読み始めた、「チャイルド44」。
驚いたなんてもんじゃない。
面白くて、面白くて、ページを置くことができない。
小説というジャンルの進化形をみたというか、何なのだろう、あの感覚は。
ひねりが利いていて、映像的。
それまで、あまり良しとされて来なかった、映像的という言葉が、最もふさわしく、この小説にとっては、最大の褒め言葉だ。
かつて、ボクは、数十年前に、
映画を作るように歌を作っていたことがある。
映像を浮かべて詞や曲をつけていくだが、ある時からそれをやらなくなってしまった。
それは、してはいけない雰囲気があった。
あまり、認めてもくれなかった。
映画は映画。小説は小説。歌は歌。
みんな分かれていた。
シナリオのような小説があってもいいと思ったが、書き続けることは不可能だった。
書いても、認められなかったからだ。
映像に出来ないようなことを書くのが小説だと言われていた。
絵を浮かべて書くのは、御法度の時代があったのだ。
それは、日本の小説を読んでいると、いまだにある。
自制が定まらなかったり、場面が明確ではなかったり、事実に即してなかったり、飛躍が全くなかったり、ただただのんべんだらりと書いているだけで、何ら面白みのない。
それが純文学で、芥川賞受賞作だったりする。
飛ぶように売れているものもある。
映画化が進行しているものもある。
しかし、何か、空しい。
例えそれが映画化されても、観てみたいと思ったこともない。
いや、ないことはないが、観ても、小説とは全くかけ離れた展開だっ…

Mさんのこと、

最近、ひとりでコーヒーを飲んでいると、Mさんのことを、思い出すようになった。
Mさんのことは、それまでも、年に何度かは、思い出すのだが、最近では、とみに思い出すことが多くなった。

Mさんとは、公務員(郵便局員)の時の、先輩後輩にあたり、同じ班に属していた。
配達区域も、同じ西新宿で、良く、配達場所を教えてもらった。
昼飯も、待ち合わせて同じ場所で食べた。
旨い店を見つけるのが得意なMさんは、西口会館にあったラーメン屋とか、ハイチと言うドライカレー屋とかを教えてくれた。
コーヒーも好きで、下戸のボクたちは、仕事が終わると、高田馬場の駅前の本屋の入っているビルの地下の喫茶店で、コーヒーを飲んだ。
そして、本の話や、映画の話をした。

勤めて、4年目に入ったころ、ボクは、志していた映画の道を進もうと、勤めを辞めることにした。
今になって思うと、随分と無謀なことをしたものだ。
何のあてもないのに、フランスに渡ったのだから。

同じころ、Mさんも、別の生きる道を見つけていた。
喫茶店を開くことだった。
Mさんは、仕事を終えると、青山だか、渋谷だかの喫茶店に行って、開業のための修業をしていた。

今では、あまり見かけなくなったが、その頃よく見た看板。
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板。
店の売りは、深い焙煎のドリップコーヒーと、シフォンケーキだった。
店は、白壁で、太い梁が、何本も通っている、山小屋とも少し違う、シャレたもので、大体、クラシックが流れていた。
客は、女性がほとんどで、値段は、高めに設定してある。
それでも、そのての店は、結構繁盛していて、あちこちに、
「美味しいコーヒーをどうぞ」
の看板が出ていた。
系列店と言うことではないみたいだが、とにかく、沢山あった。

Mさんが、町田に店を開いたのは、ボクがフランスから帰って間もなくの事だったと思う。記憶違いで、Mさんの方が辞めるのははやかったのかも知れない。
いずれにしても、ほぼ、同時期にボクたちは、別の道を歩き始めた。

一度、ボクは、町田のMさんの開いた店に行ったことがある。
まだ、店を始めて、間もないころだった。
Mさんは、確か妹さんとその店をやっていた。
お決まりの、深入り焙煎のドリップコーヒーとシフォンケーキ。シフォンケーキには、ホイップされた生クリームがたっぷりのっている。
ボクは、コーヒー職人と化したMさんを…